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格パラ  作者: 福島崇史
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男心に矛盾あり

昨日の試合後、優子は直ぐにでも大作を追いかけたかった。

しかし広報としての仕事もあり、病院へ向かえたのは全試合終了後となってしまった。

大作が運ばれた病院をスタッフから聞き出し、タクシーを走らせたが着いた時には既に大作は帰った後だった。


直ぐに電話をかけた、、、出ない。

部屋にも行ってみた、、、居ない。

留守電にメッセージを残し、部屋には手紙も置いた。

しかし音沙汰は無く、未だ連絡は取れていない。

途方に暮れ疲れきった挙げ句、いよいよ崇に助けを求めたのだった。


崇のスマホに連絡が入ってから15分後、優子も「コモ・エスタス?」へやって来た。

ガラス戸を開き、のそっと入って来た優子、、、

崇の横に座ると力無い笑顔を見せた。


「ゴメンね、、、」

詫びる優子、その佇まいは憔悴しきっている。


「、、、何か飲む?」

エミが母親の様な優しさで訊くと

「お酒入ったら泣いちゃいそうやから、、、」

優子が小さく首を降った。

すると大きめの鼻息を鳴らしたエミが、つかつかと足早に入口へ向かう。そしてドアにかかったプレートを裏返した。

流行りのメニュー風に言うならば、「店長のきまぐれ閉店」である。


胸元で腕を組み、優子へと向き直ったエミ。

「さっ!これで泣いても大丈夫やろ?何飲む?」

少し強めの口調で言った後、1つ溜め息をついてから静かに付け足した。

「全部吐き出しぃな、楽なるから、、、」


1時間早まった突然の閉店、、、

優子を気遣い作られた「店長のきまぐれ閉店」それはエミの優しさで出来ていた。


エミが入れてくれた赤ワイン、そのグラスを両手で包みながらじっと見つめている優子。

「福さんにも連絡無し?」

横目で崇を見ながらボソッと問う。


「いや、、、実は1回あったんよ。病院を出て直ぐやったみたいでな、診断結果と数日休むって事だけ言うたら直ぐに切りよったわ、、、」

一瞬答えに迷ったが、崇は正直に答えておいた。

「、、、そっかぁ妬けるなぁ、、、」

優子は乾いた笑顔でそう呟くと、手元のワインを一気に飲み干す。


「なんで福さんなんやろ、、、なんで私には何も言ってくれんのやろ、、、こんな時に何もしてやれんのは辛いわ、、、」

表情が崩れる。

感情を必死にコントロールしているのが傍目にも判った。

しかし、、、

「大ちゃんにとって私って何なんやろ、、、」

言ってしまった自分の言葉が引き金となり、抑え込んでいた物が堰を切った、、、

カウンターに突っ伏して泣き始めた優子。

溢れ出る感情と本音、、、その場に崇とエミなど居ないかの様である。

まるで魂の開放の様な号泣、、、

いや、、、慟哭であった。


崇もエミも下手に言葉を掛けたり慰めたりはせず、暫し黙って見守った。

優子の望み通り〝居ない者〟を装ったのだ。

泣きのレベルが、しゃくり上げ程度まで落ち着いたのを見計らいエミが声をかけた。

「ちょっとはスッキリした?」


問われても暫くは小刻みに肩を上下させていたが

「あ、、り、、がど、、」

何とかそれだけを言うと、おしぼりでぐしゃぐしゃの顔を覆った。

「は、、はなが、、ピリビリずどぅ、、」

出来損ないのロボットみたいにそう言うと、グズッと吸っては鼻をかみ、涙を拭いては鼻の下も拭く、、、そんな動きを繰り返している。


ここでようやく崇も口を開いた。

「優ちゃんの気持ちもよく解る、、、でも大作の気持ちはその数倍も理解出来るわ、、、やっぱ同じ男やからな」


まだしゃくり上げながら、優子は次の言葉を待っている。


「やっぱなぁ、、、惚れとる女に弱っとる所や不様な姿は見せたぁ無いもんや。ただなぁ、、、惚れた女やからこそ信頼して弱さや涙を見せれるって思いもある。矛盾というかジレンマというか、、、あいつなりに心の葛藤があるんやろけど、どちらにせよ戻るんは優ちゃんの所や。だから、、、もう少しだけ待ってやってくれへんか?」

正面を向いたままで崇は己の考えを語った。


「待つ身とか心配する側の事も考えんでさ、、、勝手なもんよね!」

口を尖らせる優子だったが、納得はしたらしく表情は落ち着きを取り戻し始めている。


「私もさ、どっちの気持ちも解るんやけど、、、1つ訊くけど優ちゃん、ここで吐き出してスッキリした?」

エミがもう一杯赤ワインを渡しながら訊くと、受け取りながら優子は無言で頷いた。


「なら今からが大事やで。優ちゃんはスッキリした、でも大作君はまだどっかで自分と闘ってる、、、あとは大作君が戻って来た時にどう接するのか、、、女の見せ所やでっ!!」

腕を組み真剣な顔で優子に言い聞かせる。


しかし崇はその腕を組んだ仁王立ちが、雑誌でよく目にするラーメン屋の大将みたいで、笑いそうになるのを必死に堪えていた。

顔はまだ赤いがやっと普段の優子に戻ったらしく、思った事をそのまま口にする悪癖がここで飛び出す。

「わかった、、、ありがとエミさん、、、でもそのポーズ、ラーメン屋の人みたいやでっ!」


その言葉に堪えきれず、崇の口からビールが吹き出した。


「2人して酷くない?、、、まあそんだけの毒吐けるんやったらもう大丈夫みたいやね、、、ここは甘んじてピエロになっとくわ」

エミが微妙な笑顔を返した所で、崇が思い出した様に優子へと視線を向けた。


「え?何?」

思わず身構える優子。


「あのアホさぁ、あん時リングに上がりかけてたのをわざわざ戻って来てまで俺に言った事があるねん、それもめちゃめちゃ嬉しそうにな。

(はあ?それ今言う事?)とも思ったけど、俺もすげぇ嬉しかった、、、なんやと思う?」

ニヤニヤしながらビールを口にする。


「焦らさんと早よ言うてぇなっ!」

優子よりも先にエミが痺れを切らした。


「優ちゃんと付き合う事なったわ、、、やとさっ!」

2人が正式に付き合った事をエミは初めて知ったし、崇がそれを知っていた事を優子も初めて知った。

そこからは2人掛かりで根掘り葉掘り訊いてはからかうという展開となり、その甲斐あって最後には和んだ空気で御開きとする事が出来た。


その日の深夜、ギプスと松葉杖の痛々しい大作が優子の元へと戻った。

言葉が見つからず俯く大作に対し

「おかえり!」

それだけを言って笑顔で抱き締めた優子。

そしてこの日、大作は初めて優子に涙を見せた。


(惚れた女やからこそ信頼して弱さや涙を見せれる)

優子は崇のその言葉を思い出し、嬉しさと一緒にゆっくりゆっくり噛み締めていた。


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