表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
格パラ  作者: 福島崇史
63/169

独り呑み

湊川公園の直ぐ東側、居酒屋ファンの間で全国的に有名な店がある。

「丸萬」

この店の1本東の通りは風俗街の福原エリアとなるのだが、そんな地域に在りながら夜の9時半には閉まるという、健全な営業時間が意外な店。

尤も午前中から開いているので、健全と呼ぶには微妙なのだが、、、

それはともかく多くのファンに愛され、昭和の香りを色濃く残す名店である。


店内は一風変わった造りとなっており、店の中央に剥き出しの板場がある。それを馬蹄形に囲む形でカウンター席があり、その目の前には透明ケースが置かれている。その日の魚介ネタが見える仕様という訳だ。

東側を除いた3方向の壁沿いにはテーブル席が複数設けられ、一応はグループ客にも対応している。

崇はその中の2人掛けテーブル席に陣取り、独りで呑んでいた。

障害の部のメンバーが全員早く帰ったので、スタッフに後を頼んで自分も早く上がらせてもらったのだ。


肴はマグロの刺身と小鉢の筑前煮、だが何よりのアテは前日の試合の記憶である。

飲んべえ達の奏でる心地よい喧騒の中で、あの日の大作の凄さ、不様さ、そして、、、カッコよさ。

それらを思い出しながらチビチビと日本酒を舐めている。

マグロを一切れ口に放り込み、それを噛みしめながらあの試合の流れを頭でなぞり始めた。


イエローカードが出た後も一進一退の展開が続いた。

打撃も組技もほぼ互角と思え、永久に決着がつかないのでは?、、、そんな考えすら頭に浮かんだ。

しかしその均衡は突然に崩れた。

大作の動きがおかしい、、、

鑪を踏みバランスを崩す事が増えている。

それでも果敢に攻めていたが、時間の経過と共にスリップまでもが目立つ様になった。

明らかにおかしい動きに観客も気付き始めており、ザワつきが会場に広がって行く。

当然レフリーも異変に気付き、何度目かのスリップで中断するとドクターにチェックを求めた。

しかし、、、

大作はそれを断固として拒否した。

大丈夫大丈夫とばかりに笑顔で手と首を振っている。

だがそれは裏をかえせば、重大な異変が大作の身体に起こっている事の証明と言える。

チェックされたら確実に試合を止められてしまう程の、、、


崇はタオルを手にした。

それに気付いた大作は、今迄に見せた事の無い形相で崇を睨み首を横に振る。

崇は投げかけたタオルを握りしめたまま、歯を噛み動きを止めた。

確かに敗けられない試合ではある。

しかし、万一にも選手生命にかかわる怪我だったなら、、、

まだ若く、前途ある大作をここで潰す訳にはいかない。

たとえ今回敗れる事となっても、また1から地道にやり直せば良いのだ。

崇がタオル投入を決意した時、悲痛な叫びが耳を貫いた。


「福さんっ!!!」


声の主を見る。

先の鬼の形相が嘘の様な、悲しい程に弱々しい顔がそこにはあった。

痛いくらいに懇願を込めた顔が首を降っている。

そして、、、

その目から溢れる物が見えてしまった。


(そんなん見せられたら、、、)

崇は骨を拾う覚悟を決めると、手にしていたタオルを再び首に掛ける。


「ええのん?止めた方が良く、、、」

高梨が言いかけるが、その言葉を遮って崇は叫んだ。

「わかっとるっ!!」

自らの声にハッとして冷静さを取り戻す。

「スマン、、、わかっとるんやけどな、、、もう少しだけやらしたってぇな、、、」

今度は消え入る様に弱々しく呟いた。


リング上でも問答が暫く続いていたが、次にスリップかダウンをしたら強制的に試合を止める、、、そういう事で話はついた。

普通なら今の段階で止められてもおかしくは無い、それを考えたら異例の甘やかし発動である。


だが再開直後、その時は唐突に訪れた。


そこに攻防など無かった。

ただただ無造作に振った水戸の右フック、それが大作の米噛みを打ち抜いたのだ。

棒切れの様に倒れた大作。

同時にけたたましくゴングが試合の終わりを告げた。


崇と高梨がリングに飛び込んだ時、確かに大作の意識は飛んでいた。失神KO、、、

しかし、ここからの大作が凄かった。

意識が無いままにヨロヨロと立ち上がると、本能だけで水戸の方へと向かおうとしたのである。


立ち上がった大作は白目を剥き、涙も鼻水も涎も垂れ流すがままとなっていた、、

そしてタイツが濡れ、太ももを液体が伝っている。

失神と同時に失禁したのだろう、、、リングに黄色い水溜まりが出来ていた。

しかし、、、

不様なはずのその姿は、ひどく美しく、とても神々しかった。

だが水戸にとってはたまったものでは無い。

そんな状態になっても向かって来る男を見て、水戸の顔面には恐怖が張り付いている。

崇と高梨が両脇を抱え、慌てて大作を止めた。

そのままゆっくりとリングに横たわらせる。

すると意識の戻った大作が、呆けた表情で辺りを見渡した。


「あれ?俺、、、そっか、、、」


状況から全てを理解したらしく、それきり黙って手で顔を覆う。

そこへドクターがチェックをしにやって来た。

結果、右足首には骨折の疑いがあり、右手小指と薬指はその場で骨折を言い渡された。

至急病院へと運ばれる事となり、鈴本の時と同じく担架が持ち込まれる。

すると驚いた事に、あの高梨が声を荒げて喚いたのだ。


「こいつを、こいつをそんなもんに載せんなっ!」


担架を用意したグラップスの若手は、その気迫に圧されて動けないでいる。

それを押し退けると高梨は

「俺が運ぶ、、、」

そう穏やかに告げ、大作を背負ってリングを下りた。

崇も後に続き花道を戻って行く、、、

勿論ファンは花道に群がったが、誰も触れようとはしない。

当然、大作が怪我をしているというのもある、、、

しかし皆、それを見てしまった故に触れる事が出来なかったのだ、、、

場も考えず、人目も憚らず、涙を流しながら進む3人の男達の姿を。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ