乱打
リングを蹴り、跳ね上がる2人。
共に同じ技での奇襲を仕掛けたのだ。
そう、、、水戸が秒殺勝利を収めたあの時と同じ、飛び膝蹴りである。
しかしどちらも決まらず、宙でぶつかるとそのままリングへと落ちた。
バランスを崩し、尻餅をつく水戸。
体格で勝る大作は、当たり負けしなかったお陰で綺麗に着地している。
未だ体勢の整わない水戸に、尚も大作が襲いかかる。
押し倒し上のポジションを狙う大作だったが、水戸は突っ込む大作の勢いを利用して、柔道の巴投げの要領で投げながら後転した。
一種のスイープと言える動きで水戸が上のポジションを取る。
しかし、これはロープ際で位置が悪くブレイクとなった。
レフリーに促され、立ち上がる2人。
派手な展開に会場が沸く。
歓声、拍手、足踏み、口笛、思い付く限りの音を発して興奮を伝えている。
試合が再開されると、又もや同時に突っ込む2人。
リング中央で接触するや否や、足を止めての打ち合いを始めた。
構えもガードもくそ食らえ、一見すると素人のケンカの様なその闘い、、、壮絶な乱打戦である。
「アカン、アカン!一旦距離置けっ!」
思わず崇が声を張る。
「やめとけ水戸っ!!」
相手サイドのセコンドも叫んでいる。
しかし2人は止まらなかった。
両者、決定打が無いとは言え、何発もの打撃を喰らっている。
そして喰らった何倍もの打撃を放っている、、、
スタミナ配分等そこには存在していなかった。
崇は苦い顔でその様子を見ながらも、かつて観たある試合を思い出していた。
2002年6月23日、さいたまスーパーアリーナで行われたPRIDE21での高山善廣vsドン・フライの一戦。
ゴングと同時に掴み合い、お互いの頭を抱え込んでノーガードでパンチを打ち合った伝説の一戦である。
両者のパンチ総数、実に184発!
それは格闘技と呼ぶにはあまりにも異質、、、
言うならば「格闘」そのものだった。
それを崇は会場で目撃した。
高度な技術戦だけが人の心を掴むとは限らない、、、
その事をを思い知らされた。
技術的には決して誉められた物では無かった。
酷く単純で、酷く原始的なその闘い、、、
しかし崇は心を奪われた。
ある種のエロスさえ感じていた崇は、あろう事か観戦中に勃起すらしていたのだ。
6分10秒、、、高山がTKOで敗れはしたが、この敗戦で彼は間違い無く男を上げた。
確かにそういった事はありうる、、、
「誇り高き敗者」を生む試合という物が。
しかしそれは極々稀な事である。
崇は勿論、隣の高梨もグングニルのメンバーは誰一人として、そんな事を望んではいない。
いや、、、
普段なら「不様な勝者」よりもそちらを望むかもしれない、、、しかしこれは今後を左右する大事な試合である。
今回だけは不様でも良い、、、どんな形でも勝って欲しい。
そんな想いが通じた訳では無いだろうが、2人が一旦間合いを開けた。
崇がストップウォッチを見ると、乱打開始から2分が経っている。2分間全力で動く、、、
それもただ動いているのでは無い。
ダメージを与え、与えられての事である。
それは想像を絶する程のスタミナ消費であるはず。
案の定リング上の2人は大量の汗で体を濡らし、肩を激しく上下させている。
ラウンド制ならば1分間のインターバルで少しは回復が見込めるが、この試合は30分1本勝負である。
闘いながらの回復を大きくは望めない。
両セコンドが休むように指示を飛ばす。
(言われるまでも無い、、、)
そう言っているかの様に、両者のクリンチする場面が増えている。クリンチする事で休み、少しでも回復する作戦だ。
数発の打撃を応酬しては抱き合う、、、ブレイク
寝技に移行しても直ぐに動きが止まる、、、ブレイク
そんな場面が続くと、そのストレスで会場からブーイングが飛び始めた。
見かねたレフリーが両者にイエローカードを提示する。
消極的と見なした訳である。
イエローカードは2度提示されると、ポイントを1つロストしてしまう。
レフリーのその判断を称える様に歓声が上がり始めた。
中にはレフリーの名をコールしている者まで居る始末だ。
バツが悪そうに頭を掻く大作と、腰に手を当て己の不甲斐なさに首を振る水戸。
しかし数回のクリンチと、今のカード提示による中断のお陰である程度の回復が出来た。
(こっからが勝負や!)
お互いの視線がそう言っている。
相手を睨めつけ不敵な笑みを浮かべると、2人は静かに構え直した。溢れそうになる闘志を、無理矢理抑え込むかの様に。