ハウンド&ハウンド
背に羽根を携えた大作が青コーナーで水戸を待つ。
フットワークで跳ねるでも無く、シャドーで動くでも無い。
ただただ静かに佇んでいる。
その姿は仕上がった体も手伝って、ギリシャ彫刻の様に美しい。
まだ大作への歓声が鳴り止まぬ中、リングアナの力強いコールが響く。
「赤コーナーよりぃ水戸修選手のぅ入場ですっ!」
バブルを思い出させるユーロビート調の曲が流れ、水戸の姿がライトに照らし出された。
今やグラップスの人気選手である水戸、押し寄せたファンに阻まれリングに向かうその歩みは遅い。
リング上の大作は笑顔でその様子を見つめている。
揉みくちゃになりながら、水戸もリング上に視線を投げた。
2人の視線がぶつかる。
いや、、、水戸も笑顔を返しているので「ぶつかる」という表現は相応しく無い。
微笑み合っていると言うべきか、、、そしてその状況は水戸がリングに上がる迄続いた。
リングに上がると直ぐにジャージを脱ぎ捨てた水戸。
誇らし気に自らの肉体を晒す。
崇も高梨も、そしてこれから闘う大作さえも目を見張った。
水戸のその姿に会場もざわついている。
(デカくなっとる、、、)
崇は驚きを隠せなかった。
前に見た水戸は、細身で全身バネの様な筋肉だった。
その為に「小さい」という印象が強い。
しかし今、目の前に在るそれは別物に映る。
細身ではある。
全身バネの様なのも変わらない。
しかし前回より1回り大きくなっていた。
恐らく5㎏以上は増量しているだろう。
それでも187㎝、85㎏の大作とは身長で約10㎝、体重も10㎏近くの差がある。
しかしである、、、
前回、今よりも小さかったにも関わらず、体格的ハンデをものともせずに秒殺劇を演じている。
筋肉の質を変えないままで増量されたその肉体、、、
崇は妙な不安感を覚えていた。
「大ちゃん、作戦は?」
普段動じない高梨も何かを感じ取ったのか、珍しく不安を顕にして問う。
「ん、、、せやなぁ、、、全力で頑張る!って位しか思いつかんわ、、、」
水戸から視線を離さないままで肩を竦める大作。
その顔に笑顔は無く、既に戦闘モードに入っていた。
両者のコールが終わった。
早々に構えを取り、試合開始を待つ2人。
鎖から解き放たれるのを待つ猟犬の様に、前へ前へとその体が出たがっている。
交互に2人を見たレフリーが、その手で空を斬り叫んだ。
「ファイッ!!」
ゴングの音も待たず両者が飛び出す、、、
2頭の猟犬は共に獲物目掛けて対角線に走って行った。
両者が牙を剥く!
両者がリングを蹴り跳ね上がる!
二人のファーストコンタクト!
その時、遅れて来たゴングがようやく鳴り響いた。