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格パラ  作者: 福島崇史
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彫場にて

崇と優子が「コモ・エスタス?」で会ってから3日が経っていた。この3日間、優子のスマホには何点もの蝶の絵が送られて来ている。

黒一色の蝶、カラフルに彩られたステンドグラスの様な蝶、、、その中で1点、優子の心を奪った絵があった。

腰骨前面のラインに彫る事を想定してあるそれは、細枝にぶら下がった蛹の殻と、脱皮して正に今飛び立ったばかりの蝶が描かれていた。

まさしく変化を表現してあるかの様で、優子の「変わりたい」という想いにぴったりだった。


(早く生で直接見たい)

そんな思いが大きくなった頃、ちょうど崇から連絡があった。

先方から見学の許可が出たのである。そして今日、崇の彫場に行く事になった。

待ち合わせは午後6時「コモ・エスタス?」の前。

仕事を定時に終わらせた優子は、逸る気持ちを隠しもせず足早に待ち合わせ場所を目指した。

店に着いたのは約束の10分前だったが、崇は既に来ていて店の前でエミと談笑していた。


「こんばんは、すいません待たせちゃいましたね、、、」

優子は申し訳なさそうに声をかける。


「優ちゃん、おつかれ!」

先に応えたのはエミだった。


「こんばんは、まだ約束の時間前やし謝る事ないですやん。また直ぐに謝るんやから!」

そう言って崇も笑顔を向ける。


「良い絵が決まるとえぇなぁ!行ってらっしゃい!」

そう言ってエミが軽く手を振る。


「ありがと!行ってくるね!」

優子が明るく応えた。


「じゃあエミさん、またゆっくり飲みに来るわ」

崇もエミに挨拶を済ますと「ほな行きましょうか」

そう言って、自宅でもある彫場へと向かった。

そこは予想以上に近く、2~3分程歩いたら到着した。

漫画やテレビで見る、貧乏学生や売れない漫画家が住んでいそうな昭和の匂い漂うアパートだ。


「メチャクチャ狭いからドン引きするかも知れんなぁ、、、」

そう前置きし、崇が部屋の扉を開く。

六畳一間のその部屋にはテレビと冷蔵庫以外は目に付かず、生活感が殆ど無い。

押入れらしき扉の前に大きめのマットレスが置いてあり、部屋の殆んどのスペースを支配している。

そのマットレスの横には、既に刺青を彫る為の道具が準備されていた。どうやらこの大きなマットレスは彫られる客の為の物らしい。


「汚い所で申し訳ないけど、、、どうぞ」

そう言って崇が優子にクッションを手渡す。

優子はぺこりと頭を下げると、それを受け取り空いているスペースに腰を下ろした。


「お客さんが来るんは7時やから、それ迄に絵を見てもらおうかと思って早めに来てもらったんですわ」

そう言った崇はスケッチブックを手にしている。


「すごく見たかったんです!早く直接見たくてしょうがなかった!」

優子の声は興奮で大きくなっていた。


「写メで送ったけど、直接見たらまた違った印象になると思いますわ。」

そう言うと崇はスケッチブックを差し出した。

受け取った優子がスケッチブックを捲ると、スマホに送られて来た数点の絵がそこに在った。だが優子の心は決まっている。

失礼とは思ったが早いペースでスケッチブックを捲り、目当てのあの絵を探した。

そして5度目に紙を捲った時、ようやくあの絵に出会う事が出来た。

黒一色で描かれた蝶は、活き活きと羽ばたいている。

手を止め見とれる優子のその様を見ていると、崇は優子が既に絵を決めていた事が理解出来た。


「他の絵は用事無い感じやね」

崇は苦笑している。

しかし優子は悪びれるでも無く、無邪気にそして飛びきり元気に「はいっ!」と答えた。

ある意味それは客の望む物を提供したい崇にとって、最高のご褒美でもある。


「この絵です!一目見て決めてたんです!もう一目惚れです!」

優子はこの絵と出会えた喜びと興奮を、全力で崇に伝えようとしていたが、突然はっとした表情を浮かべると

「すいません、、、何点も描いてもらったのに、、、」

と他の絵に対する労力に詫びた。

さっき迄の元気にはしゃいでいた彼女が嘘の様に、今は身体を小さく縮めて上目遣いで崇を見ている。

崇は彼女を見て小動物を連想していた。どんな動きや表情をしていても微笑ましく映る。それは癒しや元気を人に与える特殊な力に思えた。


崇は詫びる優子を制し

「彫師にとっては描いた絵が一点でも気に入って貰えるのは幸せな事なんです、むしろありがとうですわ」

そう感謝を述べる。と、同時にスマホが鳴った。

今日の客人である、福田大作からである。


「もしもし山宗です、場所わかります?」


「お疲れ様です!今、すぐ近くなんですが、もうお邪魔しても大丈夫でしょうか?」

電話を通じても元気で明るいであろう彼のキャラクターが感じ取れる。崇は優子や大作とやり取りしながら、自分が歳を食った現実を改めて思い知らされていた。


「勿論構いませんよ、見学の客人も来てます。はい、、、ではお待ちしてますね」

崇は手短に会話を済ませると

「もう来るそうですよ」

そう優子に告げた。

これに優子の目が再び輝く。

「絵も楽しみだったけど、彫る所を見るのも凄く楽しみなんですっ!」

そう言った優子からはワクワクを抑え切れない様子が見て取れた。

そんなやり取りをしている間に、薄っぺらく頼りないドアが音を発てて大作の到着を告げる。

ドアを開くとそこには太陽の如き男が立っていた。

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