睦言
山下はタックルで鳥居を倒すとその右脚に跨がった。
半マウントポジションの体勢で次の攻めを狙っている。
マウントポジションを奪いたいが、鳥居が左脚と右腕を駆使してそれを許さない。
暫くはパスガードを狙う山下と、それを防ぐ鳥居の攻防が続いた。
1分程も経った頃、山下は攻めを焦ったのか強引な動きが目立つ様になる。
膠着状態への苛立ちがそのまま動きに表れている、、、
攻めが粗い。
そして鳥居はこのチャンスを逃さなかった。
鳥居の上半身側に移動を試みる山下の動き、それにより前傾姿勢となり重心が上半身側に移っていた。
このタイミングを見計らい鳥居が腰を跳ね上げると、思惑通りに山下がバランスを崩した。
目の前にある山下の頭を右腕で抱え込んだ鳥居は、下から左脚を山下の右脇に差し込むとそのまま後転する。
2人の位置が入れ替わり上下が逆になる。
その流れの中で、鳥居の足は山下の腕を絡め取っていた。
上となった鳥居の下でうつ伏せとなった山下。
その右腕は鳥居の左膝裏で折り畳まれ、背中側に固められている。
「オモプラッタ」
ポルトガル語で肩甲骨という意味で、ブラジリアン柔術の普及によりメジャーとなった技術。
柔道に於いても存在し「腕ひしぎ体固め」や「腕ひしぎ膝固め」と呼ばれている技だ。
それを見た崇は驚いていた、、、
勿論、崇が学んだコマンドサンボにも似た技術はあるし、使う事も出来る。
しかし、、、
(あんな技、俺は教えてない!)
そう、崇はこの技を未だ教えていないのだ。
まだ基本的な技しか知らないはずの鳥居、しかし実際に彼はそれを使った。
恐らくDVD等で研究し覚えたのだろう。
そこに崇は驚き、そして同時に喜びも感じていた。
一瞬抵抗を試みた山下だったが、直ぐに諦めリングを小刻みに叩いた。
タップアウト、、、与えられた10分間を待たずして、突如エキシビションは終わりを迎えた。
技を解き立ち上がる鳥居。その表情には充実感が溢れている。
対して右肩を押さえながら立ち上がる山下は、試合前と同じく笑顔こそ浮いているが、そこにはほんの少しの悔しさが混じっている。
勝敗は着かない為、レフリーが両者の手を掲げた。
「やられたぁ、、、鳥やん、知らん技使うんやもんなぁ」
そこに恥は無い。
「俺は勉強熱心やからなっ!」
そこに驕りは無い。
「楽しかったなぁ!」
そこに嘘は無い。
「ああっ、楽しかった!」
そこにも嘘は無い。
リング上にて抱き合いながら交わされた睦言の様な会話。
会場は掛け値無しの素直な歓声が溢れている。
それに応える様に山下が左手で鳥居の右手首を掴み、それを高々と上に掲げた。
客席から更なる歓声が沸き上がる。
その光景にリング上の2人は鳥肌がたつのを感じた。
そして、、、共に同じ想いが深く頭に刻まれたのだった。
「ほんと、、、楽しかったなぁ、、、」