モンスタールーキー
ゴングが鳴ると同時にリング中央へと歩み寄った2人。
礼儀正しく握手を交わすと鈴本がアップライトに構える。
打撃が得意なだけあって、なかなか堂にいった構えだ。
軽快にフットワークを踏みリズムを取っている。
対して清水は、その構えまでもが異質だった。
左前の半身に構え、その太き両腕で頭部のみをガードしている。
フットワークを使うでも無く、ベタ足のままリングに立っている。大地に根を張る巨木の様なその佇まいは
「頭以外はどこでも打たせてやる」
そう言っている様で、自らの肉体への信仰を伺わせる。
しかし鈴本もクレバーな男である、断じてそんな挑発には乗らない。
棒立ちに等しい清水の周囲を跳ねながら、ジャブとローキックで探りを入れる。
ハエを払うかの様に手を振り、その攻撃をいなす清水。
(マズいな、、、)
崇は思った。
体格差もある、、、余程正確に頭部か急所に打撃を打ち込まない限り、打撃で倒せるタマでは無さそうだ。
関節技狙いに切り替えるようアドバイスを送ろうとしたその時、鈴本がガラ空きのみぞおちに前蹴りを放った。
間合いを取る為のそれでは無く、ダメージを与える為の前蹴り、、、狙いは良い。
いくら鍛えても鍛えきれない部位というのが人にはある。
眉間、人中、村雨、金的、、、それらは人体の中心にある正中線に集中しており、みぞおちも水月と呼ばれその内の1つである。
しかし、、、この攻撃が清水の恐ろしさを皆に見せつける結果を招いた。
体の角度を変え、分厚い腹筋で蹴りを受け止めると、鈴本の足首を無造作に掴んだ。そして驚いた事に、背負い投げの要領でリングに叩きつけたのだ。
それも右腕1本でのワンハンドスルーである。
投げられながらも何とか体を捻り、肩からリングへと落ちた鈴本。顔面や頭部の直撃は免れたが、ダメージが大きく直ぐには立ち上がれない。もがく鈴本を見てレフリーがダウンを宣告した。
「あちゃ~、、、ありゃ化け物やな、、、」
頭を掻きながら他人事の様に高梨が言う。
それに苛立ちを感じながらも崇が叫んだ。
「鈴本っちゃん!無理せんとギリギリ迄休めっ!」
悔しいが高梨の言う通り化け物じみている。
それ以外の比喩が見つからない。
デビュー戦でこれならば、今後経験を積めばどうなるのか、、、崇には想像もつかないし、したくも無かった。
体の各部を動かし異常が無い事を確かめると、鈴本はカウント8で立ち上がった。
歓声が沸くがそこには
「まだ清水の怪物ぶりを見る事が出来る」
という残酷な喜びが込もっている。
立ち上がったものの鈴本の顔は焦りが色濃い、、、
攻め手が見つからないのだ。
憐れに思えるほど青ざめたその顔だが、そこに決意を浮かべると鈴本はまたも自ら攻めに出た。
先と同じくアップライトに構えると、再びフットワークを使い清水の周囲をまわる。
「アカンて!攻め方変えろ鈴本っちゃん!」
崇の声が届いても鈴本は動きを変えない。
清水はと言えば、花道を歩いて来た時と変わらぬ涼しい表情で、体の向きだけを変えて鈴本の動きを追っている。
そして、、、
ジャブで間合いを計っていた鈴本がいきなりのハイキックを放った。
(な!、、、いきなりそんな大技決まるかいや)
歯を噛み、思わず目を背ける崇、、、
だがその耳には、一際大きな歓声が容赦無く飛び込んで来る。
それを聴いた崇は、てっきり鈴本が敗れたのだと思った。
「福さん、セコンドやねんからちゃんと見んと、、、お仕事お仕事!」
高梨に促され恐々リングに目を移すと、なんと鈴本が清水に腕ひしぎ十字固めを極めかけている。
しかもリング中央。
鈴本はハイキックを放つと見せかけその足で大きく踏み込むと、そのままタックルへと移行したのだ。
つまりはハイキックをフェイントにしてのタックルである。
打撃だけを警戒していた清水は、驚く程簡単にテイクダウンを許した。
リング中央、、、
あとは手のフックを切り腕を伸ばせば、、、絶好の勝機。
しかし絶対的優位にあるこの場面でも鈴本は冷たい汗をかいていた。
(切れる気がしない、、、)
まるで熊やゴリラを相手取っている気分だった。
したり顔で
「技があれば力は必要無い」
そう言う人間がよく居るが、それは理想論である。
目指す所がそこであっても現実は違う。
圧倒的な力の前に技は潰されてしまうのだ。
そしてそれを鈴本は体験する事となった、、、
清水は面倒臭そうに上体を起こすと、中腰に体制を入れ換え鈴本をひょいと持ち上げたのだ。それも肩の位置まで、、、
そしてその高さから、鈴本を一気にリングへ叩きつけた。
しかし鈴本も鬼の形相を浮かべながら捕らえた腕だけは離さない。その動きに彼の意地が見える。
清水の伸びた腕を、鈴本がぶら下がる形で極める。
「んがっ!!」
清水が焦って足を伸ばした、その足をブンブンと振りながらロープを探す、、、この試合で初めて見せる清水の人間らしい姿。
観客は興奮で足を踏み鳴らし、叫びにも似た声を張り上げている。そんな中ようやく清水の足がロープへと届いた。
「エスケープッ!」
アナウンサーのその声で、鈴本が掴んでいた腕を名残惜しそうに離す、、、
清水は腕を振り、肩を回して己のダメージを確かめている。
これで双方共に1ポイントをロストした。
試合時間は5分になろうとしている。
仕切り直し、、、
鈴本が立ち上がり、再び両者が構え直した。
ダメージは鈴本の方が大きい。
しかし、、、
圧倒的不利と思えるこの状況で、鈴本の目には強い光が宿っていた。