想い
この後に待っている事への緊張からか、2人共に口数が少ない。
一種の不快感さえある沈黙の中で、カーラジオのDJだけが陽気に喋っている。
目的の場所へは15分程で着いた。
ハーバーランド内にある「カルメニ」というモール、その裏口近くに建つエルビス・プレスリー像。
元々は原宿にあったロックキャラクターの専門店にあった物だが、その店の閉店に伴い移転先が探された。
そして日本に於けるジャズ発祥の地であり、音楽の愛される街という理由から神戸が選ばれた。
ロックやロカビリーの代名詞であるプレスリーとは全く関係性が見当たらない、こじつけっぽい理由だがそういう流れでこの地に建っている。
その像の横を入って行くと跳ね橋があり、そこら一帯は「はねっこ広場」と呼ばれている。休日にはフリマや各種イベントが催され賑わいを見せる場所だ。
2人はそこにあるベンチに腰かけた。
自販機で買ったばかりの缶コーヒーを、カイロ代わりに悴む手を暖める。
「寒ぅなったなぁ、、、」
両手の間で缶を転がし大作が言う。
「ほんとにねぇ、、、」
同じ動きをしながら優子が答えた。
それきりの沈黙、、、
(ヤベェ、、、どう切り出そかな、、、)
大作がチラと横を見る。
(ヤバイ、、、どう切り出してくるんやろ、、、)
優子もチラと横を見る。
チラ見同士で目が合う2人。
「ハハハッ♪」
「ヘヘヘッ♪」
一瞬だけ意味も無く笑うと、再び訪れた重い沈黙。
2人が座るベンチからは海を行き交う光が見える。
それを眺めながらも大作は焦っていた。
言いたい言葉は山程あるはずなのに、心に留まったままで口から出て来ようとしない。
対して全てを察している優子、焦れるでも急かすでも無く大作と同じ光を眺めている。
何を話そうとしているかを優子が察している事、それは大作も薄々わかっている。
だからこそ、これだけ待った上にこの場に於いても文句を言わず待ってくれる優子の気遣いが痛かった。
そして、、、
缶コーヒーがカイロの役目を果たさなくなった頃、ようやく大作が覚悟を決めた。
グングニル旗揚げの際、崇に助力を求める為に気持ちを伝えたあの夜を思い出していた。
(策を練らず、素直な想いを、、、よしっ!!)
優子に視線を移したその刹那、先に口を開いたのは優子だった。
「ここ寒いしさ、、、なんなら私んち来る?」
「!!」
勿論優子に他意は無い。
単純に寒いのと、時間がかかりそうだから言ったに過ぎないのだが、、、
大作は過剰に反応していた。
残像が見える程に両手をブンブンと交差させ
「いやいやいやっ!それはアカンて!流石に部屋には入れんよっ!!」
と異常な程に狼狽えている。
変に意識したのか、先より隣の優子との距離が微妙に開いていた。
優子は冷やかな目を向け
「、、、なら、早よう話してぇな」
そう言ってからフンと鼻を鳴らす。
(今言う所やったのに、、、)
タイミングを外された大作が、恨めしそうに優子を睨んだ。
「何よ、その顔」
負けじと優子も睨み返す。
いつもの癖で一瞬怯んだ大作だが、数瞬の後 突然笑い出した。
呆気に取られる優子を尻目にひとしきり笑うと
「あ~、おもろ~っ!」
そう言って涙を拭う。
知らぬ間に2人の会話がいつもの流れになっている。その事から自然に込み上げた笑いだった。
おかげでスッカリ肩の力は抜けて、気持ちが楽になったのを感じていた。
「私、なんか変な事言ったっけ?しかし泣く程笑うかね、、、」
優子は腕を組み怪訝な目を向けると、不服そうに口を尖らせる。
「いやいやそうや無いよ!でもありがとうな優ちゃん」
そう言う大作はいつも通り太陽の如き笑顔だ。
「何にお礼言われたんか解らんけど、、、元気なったなら良かったわ」
腑に落ちぬ様子ながらも照れた様にはにかむ。
「俺、再確認したわっ!優ちゃんと一緒におりたいよっ!」
もう何の躊躇いも迷いも無く、流れる様に出て来た言葉。
しかし言われた優子は少しばかり意地悪を言いたくなった。
「今までも、今も一緒におるやん」
横目で睨みながら物足りなさそうに呟く。
「ん、それもせやな、、、」
天を仰ぎ納得したかの様に頷くと
「俺、優ちゃん大好きやからさ、彼女として一緒におって欲しい」
邪の欠片も無い笑顔で想いを告げた。
年齢に見合わぬ、子供の様に無垢な告白、、、
他人が聞けば笑ってしまいそうなその言葉だが、優子は逆に心を打たれていた。
シンプルで真っ直ぐな大作らしさが溢れている。
それだけに心からの想いなのだと伝わった。
自然に笑みが浮かんだが、喜びを悟られるのが何となく悔しくて
「これだけ長い間待たせたんやから、大事にしてくれんと承知せんからねっ!」
そう憎まれ口での返事を返してしまった。
「わかっとるよ。それは約束する」
優子の悪態など気にも留めず、笑顔のままで言う大作に優子もようやく素直な自分を出す。
「本当は嬉しいよ、、、言ってくれてありがとう」
はにかみながら、やっとの想いでそれだけを伝えた。
「こちらこそありがとう。よしっ!寒いしそろそろ行こかっ!送るわ」
先に立ち上がり手を差し出す大作。
笑顔でその手を握り返すと優子も立ち上がった。
そして固く結ばれた手を離す事無く2人で歩き出す。
(まだまだ話し足りない)
そんな想いを抱えた2人、、、
やっと恋人になれた日である。若い2人がまだ一緒に居たいというのは当然の想いだろう。
そして、、、
次の日の朝、2人は一緒にジムへと出勤する。
当然、大作の服装は昨日と同じものだった。