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格パラ  作者: 福島崇史
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与えられたチャンス

「しかし暑いな、、、」

全身を汗で滲ませ大作がボヤく。

元々、自動車整備工場だったジムは天井がかなり高く、どうしても空調の効きが悪い。

ただでさえ茹だる様な季節、身体を重ね合う組み技の練習はそれこそ地獄である。


そんな中、多くの会員が少し動いては動きを止める。

そしてそのまま暫し動こうとはしない、、、ハズレの日の動物園の様な光景である。

しかし、その過酷な状況でもアグレッシブに動く者が2人。

大作とインストラクターの鈴本である。

実はこの2人、古巣のグラップスより出場のオファーを受けていた。


グングニルとグラップス、、、

正式に契約を交わした訳では無いが、事実上の提携関係に近い。

実際はグングニルの知名度を上げる為、チャンスを与えてくれるグラップスの厚意と言えた。

まだ単独でイベントを開催出来る程には育っていないグングニルには、本当に有り難い事である。

それだけに2人の練習にも熱が入る。

指導者が汗で全身を濡らし、へたった会員がそれを見ている、、、なんとも異様な光景である。


もう1つ驚く、、、いや、喜ぶべき動きがあった。

独立会見の際の崇の発言、、、あれに賛同した複数のジムや道場から障害者の部門を作ったので、近くネットワークを構築しましょうと打診があったのだ。

グングニルのメンバーだけでは心もと無かったラグナロク構想だが、この事によりグッと実現へと近づいたと言える。

更にはその第一歩を踏み出す日までもが決まった。大作と鈴本が参戦するグラップスのイベントにおいて、1試合だけだが実験的に障害者同士でエキシビションマッチをする事となったのである。


崇は誰を出場させるか迷ったが、障害者による「総合格闘技」を世間にアピールする意味合いから、鳥居と山下を選んだ。

現時点で立ち技も組み技もそこそこにこなせ、ロストポイント制ルールでの試合を行える事も選抜の理由となった。


出場する2人は勿論だが、他のメンバーも初めての具体的な始動に士気が上がった様子である。

本来なら皆にチャンスを与えたいのが心情だが、厚意で与えられたチャンスである、、、贅沢は言えない。

いずれグングニルが単独で試合を行えるその時迄は、力を蓄えるため練習に専念する時期なのだろう。


先週になってようやく届き、皆で組み上げたばかりの真新しいリング。その上で鈴本と共に汗を流す大作、、、

リングがある事で試合と同じ形式で練習が行える。

バーリ・トゥードからの撤退を宣言したグングニル。

大作、鈴本共に次の試合もロストポイント制で行う。これもグラップスの厚意である。

ロープエスケープがあるルールなのでジムにリングがあるのはやはり心強い。


障害の部のメンバーがリング下のマットで自主トレを行っている間、崇はリング上での大作の動きを追った。

暑さもあるだろうが、やはりまだ動きが重い。

数ヵ月指導にあたっていたブランクもあるだろう。

仕上がるにはまだまだ時間が必要そうだった。


対して鈴本。彼は真面目を絵に描いた様な男で、会員に提示したメニューは必ず自分も一緒にこなす。

その為、指導がそのまま自分のトレーニングとなっている。

187㎝の長身と、長い手足から繰り出す強力な打撃を軸に戦法を組み立てていく様である。

2人の練習が一段落つくのを待って崇が声を掛けた。


「大作はまだまだやけど、鈴本っちゃんは調子良さげやね」


「いやぁ、まだまだっすよ、、、確かに大ちゃんよりはマシやけど」

鈴本がニヤけながら大作を一瞥すると、大作が拗ねた表情で崇と鈴本を交互に睨む。


「2人してそんなん言うて、、、なんや最近の俺、いじられキャラになっとる気がする」

そう言って汗を拭うと口を尖らせて見せた。


「いじられるってのは愛されてるって事やで」

崇が言う。

言い逃れでなく本心から言ったつもりだが、大作は細めた流し目を返して来た。明らかに疑いの表情である。


「いや、マジで」

真実味を出すためか、崇が驚く程に静かに言った。

その通りと言わんばかりに数回頷く鈴本。


明るく自信家、、、そのくせ照れ屋の大作。

2人が本心で言ってる事を悟ると、タオルで汗を拭う(てい)で赤くなった顔を覆った。

しかし覆いきれなかった耳だけは、その赤い姿を晒している、、、そんな大作を肌色に戻す為に話題を変える崇。


「ところで、相手は決まっとるん?」


「決まってますよ、俺の相手はロストポイントどころか試合自体が初めての選手ですわ」


はっきり言うなら鈴本は全くの無名であり、彼自身も実質的にデビュー戦である。その事を考えると妥当な相手と言える、、、

そもそも他団体の無名の人間をリングに立たせてもらえる事自体が異例と言えるのだ。


「大作の相手は?」

問われて崇に顔を向けた大作。トレーニングの余熱か照れの余熱か、その顔には未だ仄かに赤みが残っている。


「決まっとるよ。やっかいと言うか強敵やわ、、、」

厳密に言えば大作はプロ選手では無い。

しかしその人気とネームバリュー、そしてジムの代表という立場に敬意を表したグラップス側がプロの選手を当てて来たらしい。

それもルールすらグングニルに合わせてである。

そこには巣立った者への愛情、そして何よりどんなルールでも闘えるという先輩団体としての矜持が伺えた。


「まさかプロを当ててくるとはな、、、懐深いなぁ。で、強敵って誰なん?」


「水戸 修」


「!!」

あの時、戦慄の秒殺劇を演じた男、、、

崇の脳裏にはあのシーンが鮮明にリプレイされる。

そしてあの日と同じく、無意識にその名を何度も口の中で転がしていた。

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