そんな彼のロングバケーション
彼が来なくなって1週間が過ぎた。
3~4日なら忙しいのかな?と様子を見るが、1週間連絡も無しだと流石に心配になる。
崇は他のメンバーに訊いてみた。
「何か聞いてる?」
皆、気にはしているらしいが、異口同音に知らないとの返事、、、
手掛かり無し。
しょうがない、、、事情がわからないので、あまり気は進まないが明日にでも電話してみよう、、、そう思い今日の練習を終えた。
すると皆がロッカールームに引っ込むのを見届けて、吉川が近づいて来る。
「ちょっといいです?、、、」
周囲を気にしながら声を掛けてきた。
明らかに人には聞かれたく無い様子だ。
「どしたの?」
まさか辞めるとか?そんな不安が頭を過ったが、努めて平静を装う。
「さっきは知らへんって答えたけど、実は心当りがあって、、、」
そう言うと、吉川は視線を低く落として話し始めた。
「先週、練習中にやたらと周囲を見渡すから、どしたん?って訊いたの、、、そしたら何でも無いって、、、」
ここまで話すと、1度視線を上げて崇を見る。
崇がそれに応えるように微笑み頷くと、続きを話し始めた。
「何でも無い訳あらへんから気になってね、、、スマホ持ってるらしいから、後から私のLINEのID渡してん。
私も心の病歴は長いから、何か抱えてるんやったら解ってあげれると思って。話したくなったらLINE入れといでって。そしたら次の日にLINEが来て、、、」
ここで一瞬黙ったが、記憶を辿りながら更に続ける。
「皆に陰でバカにされてるんちゃうかって、、、
見られて笑われてないかって、、、それが気になって集中出来へんって言ってたわ」
「そっか、、、」
難しい問題、、、軽はずみな事は言えない。
崇は大きく息を吐くと吉川に尋ねた。
「それで何て答えたん?」
「そんな事は絶対無いけど、私がそう言ったからって何も変わらんやろ?だから思い切って少し休んでみたら?って、、、その代わり必ず戻っといでって、、、そう答えた」
「ええ答えやんっ!話してくれてありがとう。じゃあ急かして電話したりせんと、彼を信じて黙って待つとするわっ!」
崇がそう言うと、吉川はいつもの薄い笑みを浮かべる。
「それからも何回かLINEが来て、他愛無い会話もする様になってね、色々話してくれるんやけど、、、
だから、、、彼の件は私に預けてくれん?」
崇は吉川から出た予想外の言葉に少したじろいだが
「たのんます」
それだけを言って笑顔で頭を下げた。
対人恐怖症、、、
今回のこれが彼の障害から出た事か、思春期にありがちな自意識過剰が原因なのか、、、それは判らないが、中学生の彼が難しい年頃なのは確かだ。
崇は人の親にはなれなかったが、これ位の子供が居ても何等おかしくは無い。
そう考えると、接し方が解らぬ自分の未熟を深く恥じた。
何にせよ、彼は吉川には心を開いている様だ。
彼女の言う通りにここは委せよう、、、
そんな事を崇が思った3日後、吉川に連れられて彼、藤井一彦はやって来た。
皆の見守る中で吉川に背中を押され、半べそをかいて崇の前に立つ。
「あの、、、今回は、、、その、す、すい、、、すいませんでした!」
彼なりに決断し、勇気を振り絞ったのだろう。
可哀想な程に体が震えている。
崇はそんな藤井の頭を脇に抱えるとヘッドロックに極め
「えらい長期休暇やったのぅ、、、今日から又しごくさかいなっ!!」
そう言って1つ頭を小突いてみせた。
他のメンバーも何も訊かない。ただ笑顔で迎えている。
崇は吉川に目をやった。
彼女がどうやって彼を説得したのかは知らないし、訊くつもりも無い。
感謝と感心、ただそれだけである。
そんな崇の視線に気付いた吉川、、、彼女はいつもの様に薄い笑顔を浮かべると、数回小さく頷いていた。