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格パラ  作者: 福島崇史
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新たな悩み

松井が加わり6人、、、サポート役の優子も加えれば7人となった障害者の部。

他のメンバーと同様に松井も体力測定を行ったが、空手経験者というだけあって上半身の能力はメンバー内でずば抜けていた。

下半身が不自由な彼には、スクワット、反復横跳び、エアロバイクは無理なので、腕立てと腹筋を倍の60回ずつ、それプラス妻の美佐から伝言された彼の申し出もあり、50キロのベンチプレスを10回というメニューが加えられた。

驚いた事に全メニューを終える迄、1度もリズムと呼吸が乱れる事は無かった。

全てを終えて笑顔で手話を交わしている松井夫婦。


「まだ余裕ありそう?」

データを記入し終えた崇が声を掛けると、頷く事でそれに答えた松井。

「久々に身体を動かしたから気持ちいいって言ってましたよ」

優しく夫を見つめながら美佐が言う。

その笑顔はいつも女神か菩薩の様な慈愛に満ちている。


ここで彼の筋力に興味を持った崇、試しにベンチプレスのMAX値がどれ程なのかやらせてみた。

この日来ていた他のメンバーは勿論、一般の部の面々までもが興味を示している。

80Kg、、、余裕でクリア。

ならばと100Kg、、、途中で一瞬動きは鈍ったが、握ったバーは、ちゃんと彼の手で固定金具に戻された。


110Kgを始める前に少しのインターバルを置く。

両腕を揉みながら溜まった乳酸を散らす松井。

2分程休むと、松井がOKサインを出してスタンバった。

仰向けでバーを胸まで下ろすと1度大きく息を吸い込む。

そしてそれを一気に吐き出しながら両腕を上に突き出す。

しかし勢いと比例せずに僅かだけしか浮き上がらない、、、

だが、小刻みに震えながらも少しずつ挙がっていく、、

中間辺りで震えは益々大きくなっていた。

フォローに就いていた崇と鈴本が、万一に備え身構える。

歯を喰い縛り目を充血させた松井、声にはならない雄叫びを上げている、、、音は出なくとも周りの皆にはそれが聞こえた。

すると、震えながらもついに彼の腕は伸びきった。

少しバランスが崩れた為、慌てて崇と鈴本がバーベルの両端を掴み固定金具に誘導した。


見る限りこれがMAXであろう、、、110Kg

大した事無いと思うかも知れないが、ベンチプレスは本来なら上半身だけで挙がる物では無い。

持ち上げる瞬間、少なからず足を踏ん張る。

更には大声で発声する事で力は増すのだが、彼にはその両方が出来ない。

つまり驚いた事に、彼は純粋に上半身の力だけで挙げたのである。もし彼が障害者で無ければ、かなりの重量を挙げていただろう。

事実、周囲で見ていた者達からは、感嘆のどよめきと称賛の拍手が湧いている。

特に長老室田は、その細い首をしきりに傾げながら

「大したもんじゃて」

と繰り返していた。その動きはどこか鶏を連想させる。


照れ笑いを浮かべ、周囲に頭を下げる松井。

笑顔ながらも相変わらず目力は凄い。

妻の美佐も一緒になって頭を下げている。

この時の彼女の笑みはとても嬉しそうで、夫への誇りに満ち満ちていた。


どうやら基本的な体力や筋力は出来ているらしい。

後は未経験の組み技の動きに慣れて行けば問題は無さそうである。松井に関しては安心する崇だったが、別に頭を悩ませている事があった。

現状での練習内容は、準備運動や基礎体力をつけるトレーニングは勿論だが


受け身を各種


前転後転


仰向けで四方に動く所謂「エビの動き」


腰の高さに張った紐を潜るタックルの練習


これら組み技の基礎となる動きに加え、2人1組での打撃、関節技、抑え込みの反復練習、、、

といってもスパーリング形式では無く、 交互に技の形や入りかた、打撃のフォームを確認しあう感じである。

しかし基本が出来てきた今、そろそろスパーリングを、、、と考えている。

考えてはいるのだが、障害部位の違う者の集まりである以上ルールをどうするか、、、その事が崇を悩ませているのだ。

将来、試合を行う時のベースになる物である、それだけにちゃんとした物に仕上げたい。


最初、パラリンピックの柔道のルールを参考にしようと思い、調べてみたが全盲の選手の試合しか行われておらず、参考にはならなかった。

焦ってもしょうがない、、、そう思い直し、当面は全員膝立ちでのスパーリングに統一しようと思っている。

下半身が悪い松井だが、幸い膝立ちにはなれる。

これなら暫くは、皆が同じルールでスパーリングが出来て、パンチだけとは言え打撃も使う事が出来る。

ただ、立っての蹴り技を使いたい者も居るであろう。特に山下と吉川には打撃のセンスが見て取れる。

あのフットワークを活かさないのは勿体ない。

だから希望者には立ち技のみのスパーリングを行う事で、何とか了解してもらおう、、、そう考えていた。


しかしあくまで場凌ぎの暫定的な物には変わり無い。

試合という大きな目標がある以上、それに繋がる正式なルールを構築するのは火急の課題である。

焦っても仕方ないが、実際問題焦るなと言う方が無理な話だ。

暫くは暫定ルールで練習しながら皆の意見を取り入れ、他のスタッフと話し合いながら決めて行かねば、、、


課題を背負って焦りを感じるなんて事は学生の頃以来である。

しかし考えてみれば、客の意見を取り入れ納得いく物を仕上げる刺青の下絵作りと同じである。

そう思うと幾分か楽になるのを感じた。


2~3日に1度は全メンバーが揃う。

だから次に全員揃った日に暫定ルールの事を話し、了解を得れたならその日からスパーリングを始めよう、、、崇はそう決めた。

しかし、、、

2~3日に1度訪れるはずのその日は、なかなかやっては来なかった。


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