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格パラ  作者: 福島崇史
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資格

松井夫婦が入会届けを持参したその日、崇は久々に大作と優子を飲みに誘った。

なんとなくあの夫婦の事を話したい気分だったのだ。

ジムは夜9時迄開いていて、閉めた後も片付け等があるのだが他のスタッフに頼み込んで、閉めると同時に3人でジムを出させて貰った。


大通りでタクシーを拾い、9時半頃にエミの店「コモ・エスタス?」に到着した。

考えてみれば3人揃ってこの店に来るのは初めての事だ。

時間も時間、それなりに客も入っていて優子お気に入りのあの席は空いていなかったが、カウンターのL字部分が空いていた為そこを選んだ。

3人だと横並びよりもこの方が何かと都合が良い。

いつもより賑やかな喧騒の中、エミはバタバタと立ち振舞っている。3人の来店には気付いているのだが、中々手が回らない様子で、表情と仕種でその事を詫びていた。


流石にエミも一人では無理だと思ったのか、この日は助っ人を呼んでいた。忙しい時たまに入っている女子大生のバイトだ。

崇と優子も何度か会った事はあるが、まだ名前は知らなかった。

注文を訊きに来たその子に3人共ビールを注文すると、エミの手が空く迄の間にどの料理を頼むかあれこれ考えている。

3人であれだこれだと言いながらメニューに目を走らせていると、バイトの子がビールを運んで来た。


「お料理どうされますか?」

そう訊かれたのでチキンステーキとスペイン風オムレツ、モツのトマト煮込みを頼んだ。するとすかさずカウンターの中からエミの声が飛んで来る。

「いつものは?」

エビのアヒージョとピクルスの事だ。

「食べたいっ!」

食い気味に答える優子。

エミは手を止めずに、フライパンを振るう手元を見たまま笑顔で頷いた。


互いのグラスを合わせ澄んだ音を響かせると、皆 思い思いにビールを流し込む。

大作と優子がグラスを置いたのを見届けると

「今度新しく入る事なった人がおるんやけどな」

そう崇は切り出した。

するとそのタイミングで、バイトの子がピクルス、オムレツ、トマト煮込みを運んで来た。


「早っ!エミさん忙しいでしょ?俺達は後回しでええっすよ!」

驚いた大作、申し訳無さそうに声を掛ける。

ニヤニヤと笑みを浮かべるエミ。

崇と優子も同じ顔をしている。

実はこれにはカラクリがあった。というのも、ピクルス、オムレツ、トマト煮込みの3品は作り置きなのだ。

その為、バイトが皿に移すだけで良いので早く出てくる。

常連の崇と優子はその事を知っていた。だから忙しそうなエミを見て、この3品をチョイスしたのだ。


「なるほど!そういう事かぁ、、今度から俺もそうしよっ♪」

ええ事聞いたとばかり、ご機嫌に答える大作。

「チキンステーキとアヒージョは時間貰うけど、、、ごめんなぁ」

エミが動きを止めずに詫びる。

「全然っ!」

大好きなピクルスを口に放り込み、手に残った楊枝を指でクルクル回しながら優子が答えた。


崇は1杯目のビールを飲み干すと、おかわりを注文してから続きを話し始める。

先日の出来事、、、

迷っていたが入会を決めた事。

車椅子使用者である事。

言葉が話せない事。

毎回奥さんが付き添う事。

それらについて2人にも理解を求めた。


「障害の部の事は福さんに委せたんやから、俺に気を使って報告せんでもええよっ!」

と大作


「福さんがやらせてあげたいって思って、本人もやる事決めたんでしょ?ならそれでええやん」

と優子

予想通りの答えが返って来た。

しかし、共に立ち上げた仲間、、、まして大作は言うなれば社長である。どうしても耳に入れておきたかった。

そして何より、この夫婦がどれだけ仲睦まじいか、、、それを話したかったのである。


「この2人、めちゃくちゃ仲良くてなぁ、、、」

そう言うと崇は、あの日の2人の様子を事細かに話し始めた。

いかに深く信頼し合っているか、固い絆が見て取れるか、、、

話しながら自分の顔が綻んで行くのを感じた。


「少し羨ましく思ったわ、、、」

最後にポツリと本音が洩れた。

言ってしまってから誤魔化す様に2杯目のビールを飲み干す。

まるで今出してしまった本音を、もう一度飲み込んで無かった事にしようとしている様だ。


「なんかその2人、早く会ってみたくなったわ」

そう言うと大作も1杯目のビールを飲み干す。

気づいてか気づかずか、崇の吐いた本音には触れなかった。

しかしである、、、こういう事に敏感な優子のアンテナは、崇の言葉を受信して逃さなかった、、

優子は自分のビールを飲み干すと3人分のおかわりを注文し、崇に視線を移してからサラリと言う。

「羨ましいなら、福さんも見つけたらええやん」


困難な事を至極当然の事とばかりに言う様は

「パンが無ければお菓子を食べれば良いのに」

でお馴染みのマリー・アントワネットの様である。

「ほんまやなぁ、福さん彼女作らんのん?」

恐れていた通り、大作もこの話題に乗ってきた、、、

いやな流れを予感する崇、それはある種の覚悟を強いられる確信と言えた。


「ん?どうなの?」

とばかりに2人して崇を見つめる。

その視線から逃れる様に、料理を頬張りビールを流し込む。

ふと視線を上げるとチビチビとビールを飲みながら、尚もこちらを見つめている。その様子は腹立たしくさえ感じた。


「答え待ってるんやけどっ!」

焦れた優子が強めの声を張る。隣でビクッと肩を震わせた大作、、、この2人の上下関係は着実に出来上がりつつある様子である。

過去の経験からも、この2人が興味を持った事には答える以外に逃げ道は無い、、、ついに諦めた崇。


「俺はこんな身体やし生活力も無い。恋愛なんてする資格あらへんよ」

するとビールを飲みかけていた優子の手がピタリと止まった。

グラスを置くと崇を睨めつけ、かなり大きな声で吼えた。

周りの客も少し驚いてこちらを見る。

大作が恥ずかしそうに苦笑を浮かべ、頭を下げながら周囲に詫びた。


「出たっ!!ネガティブ発言!そういう事言ったら怒ったげるって、こないだ約束したよね?」

ここまで言うと、先程飲むのを止めたビールを再び流し込み、怒りで熱を帯びた喉を湿らせた。

しかしまだである、、、更に優子の説教は続く、、、


「だいたい福さんは直ぐに資格資格って言うけどさ勘違いして無い?資格は自分で勝手に口に出来へんねんでっ!人から与えられるんが資格やんっ!!」

正論である、反論の余地も無い。

選んだ言葉が悪かったか、、、崇は思った。

身体を悪くして以来の秘めた恋愛観。それを表現するには言葉が足りな過ぎた。


「恋愛に関しても何か抱えてそうやな、、、吐き出せば?」

手にしたグラスをじっと見つめたままで大作が言う。

優子も1つ小さく溜め息を吐くと、今度は普通の声量で語りかける。

「何でも話せる関係やろ?、、、今更隠し事せんでええやん。

よしっ!せっかくやから福さんの恋愛観、じっくり聞かせてもらおぉ~♪」

努めてだろうか、最後にはご陽気な口調に変わっていた。


先も言った様にこの2人の好奇心は止められない、、、

それに何でも話す、、、確かにそう約束した。2人の言う通りである。久々に打ち明け話も悪くない、、、

頭を掻きながら、諦めとも決心とも言えない複雑な表情を浮かべると、長年秘めて来た己の考えを訥々と語り始めた。

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