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格パラ  作者: 福島崇史
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2人の訪問者

オープンから2ヶ月が経ち、未だこれといった問題も無く順調に日々は過ぎていた。

障害の部の5人も優秀な出席率で、ちゃんと基礎を身につけ始めている。

優子のサプライズ加入に関しては、大作が後からブーブーと文句を垂れていたが


「何か問題ある?」

優子の一言に

「いえ、、、何も、、、」

と大作が答える事でケリがついた。


その後も一般の部には数人の新会員が加わった。

その中には経験者も居て、正式なインストラクターでは無いが技術的な指導を手伝ったりしている。

そんな日々の中で崇は焦りを感じていた。


(また出来ん事が増えた、、、)

崇の障害は未だにジワリジワリと進行している。

去年まで当たり前に出来ていた事が、今年は出来ない、、、

そしてそれは少しずつ増えている。

恐らく数年後には杖が必要になり、そのまた更に数年後には車椅子が必要となるだろう、、、そう自覚している。

諦めとも覚悟とも取れる自覚、、、

それは少なからず崇を苦しめた。

何とか動ける内に皆を育てたい、、、

大作の目指す格闘技パラリンピック「ラグナロク」を実現したい、、、そこから来る焦燥感に悩まされる。


格闘技に限らず、あらゆるスポーツがそうであるが上達への近道は無い。

地道な練習、それだけの一本道だ。

それは薄紙を重ねていき一冊の本を作る作業の様で、気の遠くなる道程だ。焦ってもどうなる物でも無い。ましてや崇は指導する立場、尚更である。

だがそれでも

(俺の身体、それまで持ってくれ、、、)

強く思う。

(なんとか間に合ってくれ、、、)

強く願う、、、そんな日々を過ごしていた。


そんなある日、グングニルに2人組が訪れた。

年の頃は20代後半もしくは30代前半、、、

少し落ち着いた穏やかなイメージの男性。しかしその目には強い光が宿っている。だが、その力強い目線は低い位置にあった。

その男性は車椅子に乗っているのだ。

ほぼ同年代とおぼしき女性が付き添っている。

見るからに優しい空気に包まれた女性だ。


「あの、見学させて頂いても宜しいでしょうか?」

口を開いたのは女性の方だった。


「勿論です、奥へどうぞ!」

崇が招き入れると、2人は会釈して奥へと進む。


この日、障害の部は未だ鳥居と山下の2人しか来ていなかった。

お互いに手が不自由な者同士、ウマが合うらしくよく一緒にジムに顔を出す。

今日は防具を着けて、打撃の練習をしている所だった。

グローブと防具が当たった時の破裂音が小気味良く響く。

それを見て車椅子の男性は目を輝かせていた。


「懐かしい?」

付き添いの女性が覗き込む様にして尋ねると、彼は軽く顔を上げ数回頷いた。

懐かしいという事は、かつて経験があるという事だろう。

気になった崇が声を掛ける。


「もし宜しければ、少しお話聞かせてもらえますか?」

2人は1度顔を見合わせると、崇に向かって頷いた。

「お気遣いありがとうございます」

そう言ったのは、またもや女性の方である。


崇が彼に訊く。

「何かやってたんですか?」

訊かれた彼が困り顔に変わり、助けを求める様に女性の方を見る。女性は数回頷き、崇に事情を説明し始めた。


「彼、、、バイクの事故で脊髄をやっちゃって、、、ご覧の通り下半身が不自由なんです。それと、その時に舌を切断してしまって、話せないんで私が代わりに、、、」

崇は「しまった」と思ったが、彼を傷付けない様に平静を装うと


「そうでしたか、、、自分も脊髄損傷してるんで、、、お揃いですね!」

おどけてみせる。彼も可笑しそうに笑いながら頷いた。


「彼、元々は空手をやってたんです。それもかなり熱心に。でも出来なくなって、落ち込んでる彼を見てるのが辛くて、、、」

うつむき気味に語る彼女に彼が手話で話し掛ける。掌を顔の前に立て、斜め下に降り下ろす、、、その仕種から謝罪を表しているのが崇にも直ぐに解った。

優しい笑顔で首を降ると、彼女は続きを話し始める。

「それで、ネットで障害者・格闘技のキーワードを検索してみたんです。そしたら福田選手の独立会見の記事を見つけて、、、福井さんのメッセージを2人で読んで感動しました。で、思いきって訪ねて来たんです」


そう言うと又顔を見合わせ微笑み合う2人。

仲が良いというより、それを突き抜けた信頼と絆を感じさせる。長く独り身の崇は、ほんの少し羨ましく思った。


「失礼ですが、、、お二人の関係は?」


「夫婦です」


「お若いので恋人同士かと思いました」


「いえ若くないです、、、二人共結構いってますよ」

そう言って笑う彼女。つられて彼も笑う。

そんな2人を見ると崇も自然な笑みが浮かんだ。

それは赤ん坊や動物を見た時に浮かぶ、純度100%の自然な笑顔だ。


しかし突然、曇った表情で不安そうに彼女が尋ねた。

「あの、、、彼でも出来ますか?毎回私が付き添いますんで、、、」

2人が真っ直ぐ崇を見つめる。


「出来る事は必ずあります。うちは出来る事を頑張る、、、それがモットーですから。ただ、、、」

そこまで言うと1つ小さく深呼吸して、言いにくそうに言葉を繋げた、、、

「そのお身体ですから、空手みたいな打撃は無理だと思います、、、組技主体という事にはなると思いますが、、、」


深く空手を愛していたであろう彼。

その彼に空手では無い物を教える事になる。

残酷な様にも思うが、その事実を伝えたのは崇なりの誠意であった。

一瞬にして彼の表情が曇る。

解っていた事ではあろう、しかし言葉で突き付けられて現実として受け止めるとやはりショックは隠せない。

気持ちを察した彼女が、彼の肩にそっと手を置いた。


「がっかりさせたかも知れませんが、、、それでも格闘技が出来る喜び、それだけは感じてもらえると約束します。勿論、無理強いはしませんが、、、」

そこで1度言葉を切り、2人を見つめ直して再び口を開いた。

「迷って足踏みしても、決心して前に歩きだしても、同じ様に靴は減るものです。同じ靴を減らすならどちらが良いのか、、、考えてから答えを出して下さい」

そう言うと崇は、机から取り出したパンフレットと入会の書類一式を彼女に手渡した。

戸惑いながらも受け止る彼女。

彼は歯を噛みながら真剣な面持ちで考えている様だ。


「急ぐ必要は無いんで、ゆっくり二人で話し合って答えを見つければ良いと思います。もし始めるなら大歓迎しますから。あ、、、それと偉そうな講釈、すいませんでした、、、」

頭を下げる崇に向かい、しきりに首と両手を降りながら焦りと恐縮を示す彼女


「そんなんやめて下さい!こちらこそ色々ありがとうございます。1度持ち帰って話し合ってみます」

彼の方もしきりに頭を下げながら、顔の前に立てた掌を真っ直ぐ下に切る仕種をしている。

それを彼女が笑顔で通訳した。

「ありがとうって彼が、、、」

それを聞いた崇が同じ仕種を彼に返す。

すると彼の曇っていた表情は笑顔で満ちた。

こうして帰って行った2人。名前すらまだ聞いていない。


松井 肇

持参された入会届けにより、崇がその名を知ったのは3日後の事だった。



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