サプライズ&サプラァ~イズ
エアロバイクによる心肺機能のチェックも終わり、障害部門の面々は全員マット上に集まり座していた。
皆、多少の疲れは見えるが、それ以上に清しい印象が強い。そんな彼等を見て崇は、トレーナーの話を承けて本当に良かったと感じていた。しかし問題は皆がどう感じたか、、、そこである。
「初日、、、どうでした?」
恐る恐る尋ねてみる。
体力測定だけとは言え、皆が口々に楽しかったとか、気持ちいいと語ってくれ、概ね好評だった様である。
胸を撫で下ろす崇。
その崇が持った皆の印象は
何でも率先して行動するリーダータイプの鳥居。
明るい性格のムードメーカー山下。
個性的なキャラクターで皆に愛される室田。
、、、しかし、口下手でコミュニケーションが苦手な藤井と、心に闇を抱えている吉川、崇はこの2人の事は掴みきれずにいた。
「藤井君、どないやった?」
思いきって訊いてみる。
「え、あの、、、こうやって人と何かを楽しむ事、、、普段は無いんで、、、不思議な感じでした、、、でも楽しかったです」
やはりオドオドしながらではあるが、ちゃんと答えた藤井。
照れ半分であろうが、その顔には笑顔が浮いている。
「良かった!続けれそう?」
「はいっ、勿論です、、、」
その答えに満足そうに頷くと、続けて吉川にも訊いてみる。
「吉川さんはどうでした?」
「私、普段は部屋から殆ど出ないんです。でも今日は楽しみでした。まだ技術的な事をやってないんで分かりませんが、この雰囲気なら続きそうです」
正直に述べる吉川。
崇はこの2人に関しては、他人と絡む事が出来るか、、、という不安を持っていたが、2人の返事を聞いてその不安は少し和らいだ。
「皆に言える事ですが、無理の無い程度に頑張りましょう」
そう言って皆を見渡し、こう続ける
「で、1つ提案なんですが、、、障害の部はお互い敬語をやめたいと思ってます」
ざわつくメンバー、、、明らかに戸惑っている。
「一般の部では今後プロを目指す者も居るでしょうし、仲間ではあるけどライバルでもある訳です。でも俺達は同じ目標と苦しみを持った純粋な仲間、、、そう思うんです。そこに上下関係を作りたくない、、、どうでしょう?」
皆、無言で頷きながらもお互いの様子を探っている、、、そんな感じだ。特に皆が気にしているのは最年長の室田である。
自分の祖父とそう変わらない大先輩、そんな彼が賛同するのか、、、それが一番気になる様子だ。
そんな空気を察した室田。
「ワシは皆さんさえ良ければ、良い提案と思うとります。どうぞお気遣いなく!ハハハッ!!」
流石の貫禄で高笑いして見せる。
一気に場の空気が和む、室田さえ良いならばと皆も同意を示してくれた。
「じゃあ今からタメ口、、、ええなっ!?」
崇が先導を切ってタメ口で話す。
かつてこの方法で大作と優子が自分の心を開いてくれた様に、これで藤井と吉川も変わってくれれば、、、そう思っていた。
「さて、今日のメニューは以上!、、、では無くて今から組技のスパーリングをやるから」
崇の口からさも当然の如く飛び出した突然の言葉に、皆が驚きを隠せずに戸惑っている。
これで終わりと思い油断していた所に、とんだサプライズである。
ここで口を開いたのは意外にも吉川だった。
「あの、、、まだ何も技とか知らないし、、、」
「僕も、、、自信ない、、、」
藤井もボソッと一言洩らす。
対する崇は慌てる皆を見て、ニヤニヤと嬉しそうである。
「ルール、どうしますのん?」
山下が敬語ともタメ口とも言えない口調で尋ねた。
崇の隣で事の成り行きを黙って見ていた新木が、ここで初めて口を開く。
「背中合わせに座った体勢でスタートして、相手を30秒抑え込むか、両肩を1秒マットに着ければ勝ち!関節技は無しでやるから大丈夫!!」
崇と同じくニヤニヤしながらルールを説明する新木。
未だざわつく中で、今度は室田が質問する。
「ワシらは5人やし、1人余るわな、、、それに吉川さんは女性やし、いきなり組技っちゅうのも、、、」
室田の言う通りである。
組技の場合、相手をコントロールするのに全身に触れる事になる。
それを男性と、それも知り合ったばかりの相手とやらせるのは酷であると室田は言いたいのだろう。
しかし崇は既に手を打っていた。
「そう思ってちゃんと準備してますねん、新しい仲間を紹介しますわ」
そう言って自分の座っている直ぐ後ろの扉、女性用ロッカーに通じるドアに声を掛ける。
「出番やでっ!」
静かに開くドア、、、
現れたのはトレーニングウェアに身を包んだ優子である。
「障害は無いんですが、今後時間が合う時は吉川さんの相手を務めさせてもらいます松尾優子です、宜しくお願いします」
簡単な自己紹介を済ませる。
一般の部のトレーニングを見ながら、ちょくちょく障害の部の様子を見ていた大作。
新たに現れた女性会員を1度チラッと見た。
一瞬の間を置き、それが見知った相手と気付くと、もの凄い勢いで二度見した。
何も聞かされてなかった大作、、、その表情は驚愕で固まっていた。
「な、な、なんで、、、?」
力無く人指し指を前に出し、釣り上げられた魚の様に口をパクパクさせている。
そんな大作の様子に気付いた優子。
ニヤリと笑うと一言
「サプラァ~イズッ!!」
大作は脳の奥に、遠くへ連れて逝かれる様な痺れを感じていた、、、