山宗(やまむね)
「また、あの夢や、、、」
大きい傷のある厳つい顔とブ厚い身体を汗で濡らし、山宗こと福井崇は目覚めた。
あの事件からもう15年が経過しているというのに、未だに月に数回は同じ夢を見る、、、
(まだ赦されへんのか、、、)
いや、生涯赦されない事は理解している。
むしろ自分で自分を赦さない事が償いだとすら思っている。
崇は暫し暗き双眸で虚空を仰いでいたが、やがて泥沼から這い出す様に布団から抜け出した。
神戸市兵庫区荒田町。
そこはどこか懐かしい、独特の空気が漂う。
その一画にある、家賃2万5千円の安アパート、、、
そこが崇の仕事場を兼ねた住居だ。
目の前には荒田公園があり、春には桜が見事に咲き誇る。
共同トイレ、共同キッチン、風呂無し。
今時珍しく何より不便だが、春に広がる眼前の桜その一点の理由のみでこの場所を選んだ。
午前7時。
燃えるゴミを棄て缶コーヒーを買うと、荒田公園のベンチに腰を下ろした。
おもむろにポケットを探りタバコを取り出すと、胸いっぱいに有害物質を吸い込みながらぼんやりと行き交う人々を眺める。
職場や学校へ向かう者、犬の散歩をする者、ジョギングで汗を流す者、ベンチに陣取り、朝から酒を浴びてる連中も居る。
多種多様な人々を見ていると、この公園が人生の縮図に思える時がある。
平凡な日々を送る者、裕福な者、貧困に喘ぐ者、環境は違えども全ての人間に苦しみと楽しみがある。
そこで飲んだくれている連中も、苦しい生活の中でたまに飲むカップ酒は楽しみの1つであろう。
会社という組織の中で胃をキリキリさせるサラリーマンも、休日にはゴルフや競馬等ウサを晴らす何らかの手段があるに違いない。
そんな時、ふと頭を過る思い、、、
(俺の楽しみって何んやろ?)
読書、映画、音楽、ゲームやアニメといったサブカルチャー全般、、、確かに好きな物は沢山ある。
しかし、本当にやりたい物は別にあった。
今はやりたくても出来ない物、、、
いや、それ以上にやる資格の無い物と言うべきか、、、
崇は頭に浮かんだその選択肢を慌てて掻き消す。
朝の楽しみであるはずのコーヒータイムだったが、虚しい自問が刃物となって心を抉った。
ふと我に帰った崇はスマホで時間を確認した。
7時半を少しまわっている、思ったより時間が過ぎている事に驚いた。
今日は午前に一件予約が入っている。そろそろ戻って準備を始めなくてはまずい。
苦い想いをタバコと共に揉み消すと
「ヨイショ!」
と、オッサンとして分相応の掛け声で立ち上がり、不自由な脚を引き摺りながら部屋へと向かった。
部屋に着くと早速仕事の準備に取り掛かった。
針を組み「のみ」と呼ばれる道具の先にその針を付ける。
「のみ」も彫師によって様々だが、基本的に道具は自作が多い。
竹を使う者、鉄やステンレスを使う者と色々だ。
崇は黒檀を削り加工した物を使用している。
古くから仏壇や仏具、楽器やチェスの駒等、幅広く用いられて来た木材である。
非常に硬く丈夫で、程よい重さが崇は気に入っている。
今日使う「のみ」は3本。
3本針、5本針、10本針を組み、各々の「のみ」の先端に取り付ける。
「筋彫り」と呼ばれる、絵のラインを引く為の針である。
軽いアールをかけて扇状にならべた針をハンダで固める。この時アールがかかり過ぎても、平坦過ぎても墨は綺麗に入らない。
それだけに神経を使う大事な作業だ。
長い直線を彫る10本針、短めの直線には5本針、細かい部分やカーブを彫るのに便利な3本針。
それぞれを組み終えると、今度はそれらを「のみ」の先端に糸で固くくくり付ける。
こうする事で糸が墨を吸い、針に墨を送る役目も果たしてくれる。
ブ厚い身体と太い指で繊細な作業を終えると、タバコに火を着け心底解放されたかの様に太く長い息を吐いた。
時間を見ると作業開始から1時間近く経っている。
衛生面を考慮して、当然ながら針は1回限りの使い捨てだ。
使い捨てる物を作る時間として、1時間が適正なのかはわからないが、針の出来次第で刺青そのものも出来に大きく差が出る。
その為、手を抜けない作業として時間を割くのはやむを得ないと崇は思っている。
来客までの時間もあまり無い為、D51の様に忙しなく煙を吐くと十分な長さを残したタバコを揉み消した。
次の作業は墨摺り、これも大事な行程だ。
崇が使う墨は「古梅園」
古都奈良にて400年以上の歴史を持つ有名な老舗だ。
色々な種類を試してみたが、ここの墨が一番しっくりと来た。(色々試して絶対なる1を見つける)
女と同じだ。
そんな事を考えてはみるが、残念な事に崇は独り身だ。
刺青に使う場合、かなり濃い状態まで摺る事になる。
彫師は皆、指先で触って粘度で判断するのだが、これは個人差があるから一口で目安がどうこうとは言い難い。
崇は墨を摺りながら昔の事を思い出していた。
小学校の書道の時間、先生が
「墨を摺りながら心を落ち着かせなさい、そうして平常心になれば、自ずと美しい字が書けるから」
と言っていた。あの頃の鼻垂れ小僧には理解出来なかったが、今は少し解る気がする。
墨から立ち昇る香りを嗅ぎ無心に墨を摺ると、心が研ぎ澄まされ頭がクリアになっていくのを感じる。
験を担ぐタイプでは無いが、心が落ち着く程に良い作品に仕上がるような気がする。そしてそんなオカルトを信じている自分が少し可笑しくなった。
たっぷり30分かけて墨を摺り終えると、崇は作務衣に着替えた。そして先程消した、十分に長いシケモクにもう一度火を着ける。
緊張感と平常心のバランスを取る様に深く煙を吸い込むと、今度は邪心を絞り出すかの様に紫煙を吐き出した。
こうして思考と心と身体のバランスが一致したのを感じ取った崇は、ようやく短くなったタバコを消して、今日の客である松尾優子の到着を待った。