大作劇場
説明を受けたにも関わらず、頭上にクエスチョンが増えてしまった優子、、、
「え?わざとって、、、余計に意味わからんし」
「休む為やろな。さっきのクリンチでは十分に休めんかったから、わざとダウンしてカウント9ギリギリ迄休む気やろ、、、」
それを聞いた優子がリング上の大作を注視する。
腹部を押さえ顔を歪ませてはいるが、その目は死んではいない。そして崇の言うように、きっちりカウント9で立ち上がった。
「なっ!」
崇はそう言うと、未だ自分の袖を握っている優子の手をそっと外した。
十分に休み、一先ず呼吸の整った大作。
正直、先の膝蹴りに然したるダメージは無い。
崇の言う通り、休む為に演じたダウンである。
ダメージを隠す様に演じるのが格闘家、、、しかし大作は逆を演じた訳である。
そしてそれは試合が再開された今も続いていた。
リング中央で顔をしかめ、肩で息をする、、、ふりをする大作。
それを見て不用意に近づくルーク。
大作がフラフラ、、、、のふりをするのを見て騙されたのはルークだけでは無い。優子もその1人である。
立ち上がってもダメージが残る、、、ふりをする大作を案じ、再び崇の袖口を握る。不安から首を竦め、上目遣いにリングを見ていた。
フットワークを使いながら、大作のダメージの状態を値踏みするルーク。そして彼はここで欲を出してしまった、、、
ジャブやローキックで意識を逸らす事もせず、いきなりの右ストレートを放ったのだ。勝ちを焦ったのか、粗い攻めである。
「終わったな」
崇が呟く。その言葉がどちらを意味するのか、、、それが解らず、崇の袖を握る手に力を込める優子。
「大丈夫やからっ」
崇はそう言ってまた優子の手を外す。
それはテレフォンパンチと呼ぶに相応しい、大振りの右ストレート。
大作はそれに楽々とタックルを合わせた。
パンチを潜り、ルークの両足を抱える。
そのまま後ろに倒すと再びアキレス腱固めを仕掛けた。
リング中央、、、位置は良い、勝機である。
しかしルークが暴れて極まらない。
駄々をこねる子供の様に、ジタバタとロープに逃げようとする。
ここで大作は技を変化させた。
脇に抱えるルークの足、その踵を前腕に引っ掛け捻り上げた。
ヒールホールド、、、相手の爪先部分を脇に抱え、自らの足で相手の膝を挟んで固める。その状態で前腕に踵を引っ掛け、捻る事で膝を極める関節技である。
名は「踵固め」だが、極まるのは膝であり、一瞬にして膝の靭帯や半月板を破壊する事も出来る危険な技だ。
人としての尊厳やプライド、そういった物を全て吐き出した様なゾッとする叫びをあげるルーク。
瞬時に逃げるのを諦めた彼は、2度で事足りるタップを5度、6度繰り返しギブアップの意思を示した。
レフリーが慌てて2人を引き剥がす。
試合の終わりを告げるゴングが打ち鳴らされ、特大の歓声が沸き上がる。
大作は立ち上がると、自分の手をレフリーに差し出し、揚げてくれとばかりに笑顔で催促している。
それを掴み、高々と揚げるレフリー。
「ウィナー!!」
勝者のコールを受けて、四方に手を振る大作。
ただでさえ凄まじい歓声が、更に大きく爆ぜる。
会場全体に響く大作コール、、、
そんな中でルークは、ダメージが大きく未だ立ち上がれない。
セコンドの人達がコールドスプレーや氷嚢で膝を冷やし、慌ただしく応急措置に勤しんでいる。
時々何やら呻きながら、悔しさを露にするルーク。
興奮からか屈辱からなのか、白い肌が赤く染まって行く。
大作は握手を求めるつもりで近づこうとしたが、何か残酷な気がして出来なかった。それを諦めると四方の観客とルークに深々と頭を下げてリングを降りた。
まだ歓声と大作コールが続く中で、眩し過ぎる場所に残されたのは敗者。
それはカーテンコールの終わった舞台に一人残されたピエロの様で、もの悲しくこの日一番の非情な光景に映る。
こうして幕を下ろした「大作劇場」
そこに何か切なさを感じている崇。
その隣では立ち上がった優子が、他の観客同様に手を叩き大作の名を叫んでいた。