デジャブ
花道に現れた大作。
その身には黒いベンチコートを羽織っている。
花道の両側はたちまちファンで埋め尽くされた。
オープニングセレモニーの時とは違い、大作のその顔には笑顔すら浮いている。
両脇に集うファンの群れとハイタッチしながら、にこやかに歩みを進める。良い形で心と身体がリラックス出来ているのが見てとれた。
リング下で1度足を止め、手を合わせ一礼する。
リングに入る前に必ず行う儀式の様な行為。
それを終えて顔を上げた大作は、明らかに表情が変わっていた。
驕りも気負いも無い、一種の無表情にすら見える。
だがその瞳には、重ねて来た練習による自信の光が宿っていた。
3段程の階段を駆け登り、リングインを果たした大作。
沸き上がる歓声に両手を挙げて応えている。
軽くステップを踏み、シャドーしながら相手を待つ、、、
そんな所作にすら華がある。
太陽・光・華、、、そういったポジティブなイメージの言葉の数々、それらは全て「福田大作」の類義語なのではないかとすら思えてしまう。
鳴り止まぬ歓声の中、赤コーナーの選手がコールされた。
「赤コーナーより、ルーク・ヤン・セン選手の入場ですっ!!」
現れたのは青い目をしたキックボクサーだった。
オランダ出身の23歳。身長188㎝体重86㎏。
普段はもう少し体重を落とし、クルーザー級で闘っている。
キックの戦績は7戦5勝1敗1分。
そして総合格闘技での戦績は2戦2勝2KOである。
それも今日と同じロストポイント制で行われた試合での事、油断出来ない相手である事は間違い無い。
オランダではバーリ・トゥードよりもこのルールが根付いており、殆どの格闘家が経験している。
キャリア、戦績、全てに於いて大作よりも格上の選手である。
勿論 知名度もあり、彼目当ての来場者も多い。
大作の時と同じく、たちまち花道が黒く埋め尽くされた。
しかし大作とは違い、ファンとの交流などせず眉間に皺を寄せ黙々とリングを目指して行く。
大作と同じくリング下で足を止めると、何やら呟いて胸元で十字を斬った。祈りを終えると面を被っているかの様に変わらぬ表情で、淡々とリングインを済ませる。
両者が揃った所で改めてリングアナがコールする。
「只今よりぃ特別試合、ロストポイント制ルール、30分1本勝負を行いますっ!!」
狂った様な歓声が上がり、両者の名前があちらこちらで叫ばれている。
「青コーナー、グラップス所属ぅ、、、福田ぁ大ぃ作ぅー!」
呼ばれると同時にベンチコートを脱ぎ捨てた大作。
一際大きい歓声、、、いや、どよめきが起こった。
皆が初めて目にする、刺青の入った大作の姿。
仕上がった身体と相まって、それはひどく美しく見える。
ただただ驚嘆のどよめき、、、
これにより大作は、完全に場の空気を自分に引き寄せた。
このタイミングでベンチコートを脱ぐ、、、
これがもし狙ってやった事ならば恐ろしい男である。
可哀想なのは、この空気の中でコールを受けるルークである。
「赤コーナー、キングダムジム所属ぅ、、、ルークぅヤン・セン~!!」
勿論、歓声は上がる。しかし先程の怒涛の如きものに比べたら、細波、、、いや凪にも等しく感じられた。
あれほど表情を変えなかったルークだが、流石に苦笑を浮かべながらそれに応えている。
レフリーがボディチェックを済ませ、ゴング係に視線を送り1つ頷いた。
「ファイッ!」
同時に響くゴングの音。
両者リング中央まで歩みを進めると、楽しくやろうぜとばかりにお互いの拳を1度重ね合わせた。
キックボクサー独特のリズムでアップライトに構えるルーク、様子見のローキックを1つ放つ。
ダメージを狙った物では無い。大作の反応を窺う為の1発である。
軽く足を上げ、脛で受けてガードをする大作。
「だろうね、、、」と言わんばかりの表情で首を竦めるルーク。
対する大作は重心を低く構え、頭部のガードを固めている。
そしてたまにタックルに入る様なフェイントをかけ、足を踏み込む動作を見せている。
「あのバカ、、、」
崇が唸った。
タックルに行くフェイントの動作の度、大作の脇が微妙に開いている。
つまり、あの時の崇の動きを模しているのだ。
そして同じく罠を張っているのだ。
やがて何度目かのその動作の時、まんまとルークが罠に掛かった、、、あの時の大作の様に。
大作の開いた右脇を目掛けて、強烈な左ミドルキックを叩き込むルーク。
だが大作は落ち着いてそれを抱え込む。
そして自ら後ろに倒れ込むと、瞬時にアキレス腱固めを極めた。しかし位置が悪い、、、ロープが目の前だ。
「アウッ!」
一瞬呻いたルークだったが、長い腕を伸ばすと冷静にロープを掴んだ。まだ序盤である、無理に寝技には付き合わず機を窺うのだろう。
立ち上がり、足の具合を確かめる様に屈伸するルーク。
「エスケープ!」
リングアナの声が響き、ルークのポイントロストを告げた。
まずは先制のポイントを奪取した大作。
そして彼は立ち上がり様、一瞬だが確かに崇を見た。
その顔は「見てくれた?」とばかりに笑っていたのだ。
それは参観日に発表した子供が親の顔を確認するのに似て、無邪気で滑稽な仕草だった。
(アイツ、後で説教や!)
そう思いながらも崇は自然と笑いが込み上げる。
しかしそれが可笑しさからなのか、嬉しさからなのか、崇にも解らなかった。