秒殺
席に戻ると、5分も経たない内に決着はついた。
赤コーナーの選手がマウントパンチを連打し、青コーナーの選手の意識が飛んだ。
慌てて止めに入るレフリー、まだ跨がっている赤コーナーの選手を押し退け、青コーナーの選手に声をかける。
横たわり、小さく痙攣する身体。
白目を剥き、口の端には少量の泡沫が見える。
リングドクターも呼ばれ一時は騒然となったが、暫くして選手の意識が戻ると会場全体が安堵の空気に包まれた。
まだ視点の定まらぬ表情のまま立ち上がろうとする選手。
ドクターとレフリーがそれを制し、担架に乗るように促す、、、
素直に応じる彼だが、やはり苦渋と屈辱の色は隠しきれない。
担架で花道を戻って行く敗者、、、
それをリング上から心配そうに見送る勝者、、、
観客も一際大きな拍手と歓声を敗者へと送る。
だがその優しさが敗者には痛い、、、担架上の彼は腕で顔を覆っていた。
リング上から全てを見届けた勝者は、四方に深々と頭を下げると自らの足でリングを下り、花道を走って戻って行く。
同じように拍手で見送る観客だが、、、
「明暗」そんな一言で片付けるには、あまりに無慈悲なコントラストがそこには在った。
優子が細く長い息を吐く。
「この試合は少し怖かったわ、、、バーリ・トゥード、やっぱこのルールは好きになれんかも、、、ほぼ喧嘩やん、、、」
少し悲しげに優子が呟く。
だが、、、
「全然ちゃうよ、、」
崇が呟いた。
「え、、?」
優子が意外そうに崇を見る。何も言わずともその表情は解説を求めていた。
「いつ・誰と・どこで闘うかが判ってて、必ず素手のタイマンで、、、危なくなったら止めてもらえて、ギブアップしたら解放してもらえる、、、路上に比べたら安全そのもの、喧嘩とは似て非なるものや。」
視線を正面から逸らさないまま、ポツポツと語る崇。
優子はそのリアリズムに驚いた。
路上で多くの血を流して来た崇、、、それ故の説得力。
そこには有無を云わせぬ物がある。
優子もまた否が応にも納得させられていた。
そんな優子を見て、崇が慌てて付け足す様に言った。
「あっ!だからって喧嘩の方が上って言うとる訳ちゃうからな!バーリ・トゥードはれっきとしたスポーツや。だから全くの別物って言いたかっただけ、その辺誤解せんといてな!」
後付けした分、余計に言い訳がましくなっている。
崇も自分で感じていたが
「わかってる!大丈夫、大丈夫!」
にこやかに言うと優子は、崇の肩を軽く二度叩いた。
そんなやり取りをしてる内に、次の試合開始をリングアナが告げる。
この試合が終わると、いよいよ大作の試合だ。
正直、崇は大作の試合が待ち遠しく、早く観たくてしょうがなかったのだが、この試合に対して失礼だと思いその思いを急いで掻き消した。
しかし優子は別である。
脳と口が直結しているかの様に思ったままを口にした。
「この次だね大作君!この試合早く終わればええのにね!」
崇は何も言えずに、苦笑いを浮かべるのがやっとである。
その時、リングアナによる選手のコールが始まった。
「青コーナーより水戸 修選手の入場です!」
現れた選手は全身がバネの様な筋肉に包まれている。
身長165㎝程、体重70㎏あるかないか、、、
オープニングセレモニーの時と違い、裸になると印象はまた大きく変わる。
先は気付かなかったが、無差別で闘うにはあまりにも小さい彼、、、
崇はこの選手に興味を抱いた。
「赤コーナーより佐々木 昇選手の入場です!」
対するこちらの選手は岩の様な肉体である。
鍛えた筋肉の上に、薄く脂肪でコーティングしたような身体。
身長180㎝前後、体重85㎏といったところか、、
この体格差だけでもイニシアチブを握れそうである。
リング上で待つ水戸選手を睨めつけ、1度も視線を外さぬままリングインした佐々木選手。
その様は自分が格上だとか体格の優位性だとか、、、そういう物は全く関係ない。ただ全力で闘うのみ、、、そんな風情だ。
今回は大作の特別試合がメインになるという特例的なイベントだが、本来ならこの試合がメインである。
言わばグラップスのトップクラス同士の試合、、、
崇は姿勢を正し、真剣な眼差しをリングに送った。
「ファイッ!」
レフリーの声と共にゴングが鳴る。
ゴングと同時に対角線に走り、全身のバネを駆使して跳ね上がる水戸選手。
咄嗟にガードを上げた佐々木選手だったが、、、遅かった。
水戸選手の予想外の行動に動作が遅れたようだ。
跳び膝蹴りである。
その膝は的確に佐々木選手の顎を捉えていた。
骨と骨のぶつかる独特の音が響き、佐々木選手が前のめりに崩れ落ちる。
ダウンカウントを取らずにレフリーが頭上で手を振った。
試合開始11秒、、、水戸選手のKO勝ち。
跳び膝蹴りでの秒殺劇、、、
(この試合、早く終わればええのにね♪)
図らずも優子の願いは叶えられた。