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格パラ  作者: 福島崇史
22/169

土竜のサングラス

2月末、その日がやってきた。

大作のグラップス所属として最後の試合である。

場所は神戸サンボーホール、、、プロレスや格闘技によく使われる多目的ホール。

キャパは最大で1500人程は収容出来るが、グラップスにそこまでの動員力は無い。


大作の計らいで最前列を用意された崇と優子は、開場と同時に席についていた。試合後の会見に同席する為、2人ともスーツ姿である。

優子が会社を辞めてまで手伝うという話を大作から聞いた時は驚いたが、どこかでそうなる様な予感もしていた崇。

ただただ彼女の勇気と決断力に感心していた。

(俺とはえらい差やな、、、)


「私、こういうの初めてやからドキドキする!」

優子は興奮気味にキョロキョロしている。


「せやろなぁ、俺も初めて観戦した時は興奮したわ」

崇は遠い昔に想いを馳せる、、、しかし、そこに痛みを伴う事はもう無い。


会場中央では無人のリングがライトを浴びている。

これから数時間、何人もの益荒男(ますらお)達があの場所で技を比べ合うのだ。崇の肌には期待から鳥肌が浮いていた。

午後6時半、試合開始の30分前。かなり人の数が増えて来た。

会場後方の物販コーナーでは、熱心なファン達が我先にとポスターやTシャツを求めており、会場のあちこちで多くのスタッフがあわただしく動いている。

(懐かしい、、、)

この段々と熱を帯びていく空気感、かつて崇が愛したそれである。


「私、ちょっとあれ見てくるっ!」

そう言うと優子は、物販コーナーの人混み目指して駆けて行った。崇はそれを見送ると、パンフレットに目を走らせる。

アマチュアのルーキー戦が2試合、プロの公式戦が3試合、それらは全てがバーリ・トゥードで行われる。

そして異例の事だが、アマチュアであり本来なら前座扱いのはずの大作、その大作がメインイベントに「特別試合」という名目で組まれている。そしてそれはロストポイント制ルールで行われると記されていた。

つまり、アマ・プロのバーリ・トゥード戦5試合と、大作の特別試合の計6試合が行われるという事である。

確かにアマチュアとはいえ、プロ入り目前で一番人気の選手だった大作。その彼が今日で退団する事は既にマスコミによって報じられている。

団体側が特別に力を入れても何等不思議では無い。


(凄え奴っちゃなぁ、、、)

同じ男として軽くジェラシーを感じる程である。

しかし、そんな「凄え奴」のお陰で自分を取り戻したのだ。

そしてこれからは、その「凄え奴」の為に力を振るうのである。その事がただ純粋に嬉しい。そんな事を考えてると優子が小走りで戻って来た。


「人多過ぎっ!!」

しかめっ面で吐き棄て席に着く優子。

数々の団体を見てきた崇からすれば、箱も小さければ人も少ない方であったが、その事には触れなかった。


「何買ったん?」

優子の手にした袋に視線を向ける。


「フフ~ン!Tシャツ買っちゃった♪」

ニコニコと満足気にそれを見せる優子。

そこには、可愛くディフォルメされた大作のイラストがプリントされている。


「おぉっ!可愛いやんっ!」


「でしょ?!、、、まぁ外では着れんけど」

たまに優子は、残酷な事をサラリと言ってのける。

そんな時 崇には、彼女の息が紫色の毒気を帯びて見えている。

しかし崇も(確かに着れんな、、、)と思うと、自然と笑いがこみ上げて来た。


そうこうしていると不意に会場の照明が消えた。

あちこちから歓声が上がり、口笛が鳴る。

安っぽいロック調の音響と共に、リングと花道がライトで照らされオープニングセレモニーが始まった。


「全選手入場!!」

リングアナの声で試合順に一人一人の選手の名が呼ばれ、呼ばれた選手が花道からリングインしていく。

そして、、、いよいよ今日の主役「凄え奴」の番がやってきた。


「福田ぁ大作ぅっ!!」

一際大きな歓声が上がる。

花道に現れ、スポットライトに照らされた大作。

その表情は自信に溢れ、気負いなど微塵も感じられなかった。

ゆっくり歩みを進めると、たちまちファンが花道に群がった。一番人気、、、それも段違いの人気である。

その姿は、ずっと裏の道 日陰を歩いていた崇にとっては眩し過ぎた。まるで地上に出た土竜の様な思いである。

堪えきれずに崇は、内ポケットから取り出したサングラスをかけていた。


その隣で初めてヒーロー・ショーを見る子供の様に瞳をキラキラさせていた優子だが、崇のサングラスに気付くと

「どしたん、それ?」

と驚きの声を上げる。信じられない物を見る様な優子に崇が答える。

「昔、習わんかった?裸眼で太陽を見たらあかんって」

フンッ、、、自嘲気味に1つ鼻で笑うと更に続ける崇

「まぁ、、、それは冗談やけどな。でも実際、俺みたいに薄汚れた者にはアイツはキラキラ過ぎて目に痛いんや、、、まっ!気にせんといてくれ」


崇の過去を知る優子だけにその心中は窺える。

「わかった」

とだけ答えると、それ以上は何も言わずに視線をリングに戻した。


セレモニーが終わり、全選手が一旦控え室に戻って行く。

ポツンと残されたリングは妙に寂しそうに映る。

試合開始までの間、リングアナが団体の今後の日程を告げているが、待ちきれず歓声を上げ続ける観客の声にかきけされている。

待ちきれないのは崇も同じである。恐らく隣の優子も同じ想いであろう。

いよいよだっ、、、


大作は今の団体から退き、新たに自分の道を行く。

優子は会社員に見切りをつけ、大作をサポートする。

そして崇、、、1度は自ら断った格闘技の道、後ろを向き続けた日を終わらせ、また前を向き指導者としての道を行く。

三者三様だが、今日は終わりで始まりの日なのだ。

そう思うと崇は、歓喜で肌が粟立って行くのを感じていた。





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