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格パラ  作者: 福島崇史
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オーディンの如く

大作の部屋のシャワーを浴び、大作に買わせたタバコを口にする。そして大作の部屋で寛いでいる崇は満足気であった。

長きに渡り語らなかった本心を曝した事も手伝ってか、心身ともに軽くなった気分である。

ご満悦な様子の崇に対し、口を尖らせ眉間に皺を寄せているのは大作である。


「この部屋、禁煙やねんでっ!」

12畳程の広さ、フローリングのワンルーム。

当然ながら、キッチン、風呂、トイレも完備してあり、若い男の一人暮らしには十分な部屋である。

TV、冷蔵庫、小さなテーブルに座椅子、あとはクリアケース数個に服が入っているのが見え、床にはダンベルが転がっていた。

喫煙しない大作の部屋には灰皿すら無い。その為、紙コップに水を入れ代用する崇。

臭いを嫌った大作はベランダの扉を開き、ベランダ近くに陣取っている。

そして皮肉っぽく2~3度咳を払うと、頬杖をつき恨めしそうに崇を見つめた。


「まぁまぁ、よしなによしなに」

大作の視線に適当な返事を返した崇だったが、最後に一口大きく吸い込むと紙コップの水にそのタバコを浸す。

「チュン」という断末魔をあげたそれは瞬時に煙を吐くのを止めた。

待ってましたとばかりに崇の近くに陣取る大作。

「あんな、福さん、、、1つお願いやねんけど、、、」


「わかったわかった、、、タバコやろ?我慢するわ!」

面倒くさそうに先走って答えた崇。


「そうやなくてっ!俺の今度の試合、見に来て欲しいねん」

窺うような眼差しを向け大作が言う。

1度、大作の試合こそ無かったが、所属する団体グラップスの試合があり見に来ないかと崇を誘った事があった。

しかし色良い返事は貰えず

「格闘技はもうええわ、、、」

その一言だけが返って来た。

しかし今ならば、、、そう思っての誘いである。


「ん?当たり前やろが、来るな言うても行くよ」

さも当然のように崇が答える。大作はそれが素直に嬉しかった。


「でな、、、試合後に会見やるんやけど、一緒に出てくれん?」

嬉しさついでに、しれっと言ってみる大作。


「、、、、」

何を言われたか解らず、無言で言葉を整理する崇。


「福さん、、、?」

聞こえなかったかと思い、確認に呼び掛ける大作。


「えぇ~っ!!いやいやいやっ!無理無理無理っ!!どえらい無茶ぶりやがな、、、」

整理が終わると、事の重大さを理解し狼狽える35歳バツイチ独身男。


「ハハハッ!やっぱあかんかったか!流れ的に(うん)って言うかと思ってんけどなぁ、、、」

笑顔だが、少しの無念も見え隠れする「満面の苦笑い」を大作が浮かべる。


「言うかぁ!」

崇が突っ込んだ。


「それはそうと、、、気が早いねんけど実はさ、、、もう独立後の団体名も決めててな、、、」

俯き気味で話す大作、途切れ途切れに話すそれは少し照れている様にも見えた。


「ほんまに早いな!!で、何にしたん?」

興味をひかれて前ににじり寄る崇。


「知らんやろし、多分(はあ?何それ?)って言うと思うねんけど」

大作は保険をかける様に前置きをすると、決めていたその名を呟いた。

「グングニル、、、やねんけど、、、」


「はあ?何それ?」

律儀に大作の保険を無駄にしない崇。

しかしグングニルという単語は何処かで聞き覚えがあった。


「福さんさぁ、ゲーム好きよなぁ?」


「ああ、結構なゲーマーやで」


「じゃあ、オーディンって知っとるんちゃう?」


オーディン、、、確かにゲームやマンガ等で度々目にする。

言われて直ぐにイメージが浮かんだ崇は、そのイメージをそのまま口にした。

「あぁ、RPGによく出てくるな、、、鎧着て馬に乗っとって、、、デカい槍を持ってる騎士、あれの事やろ?」


「そう、それっ!で、オーディンが持ってる槍、、、あれがグングニル!」

また大作の鼻孔が膨らんでいる。これは得意気な時の大作の癖である。

それがネーミングに対する自信からか、自らの知識に対しての物かは分からない。面倒くさいので崇もそこには触れなかった。


「実はこの名前、福さん有りきの名前やねん、、、」


「どゆこと?」

崇には話が見えずチンプンカンプンである。


「さっき福さんが言うたオーディンのイメージ、、、確かに色んなメディアで取り上げられるのはその姿が多いし、間違いでは無いんやけど、、、」

そこで一旦話を区切ると思わせ振りに崇を見る。


「無いんやけど、何やねんな?」

焦れた崇が先を促す。


その様子に満足した大作は、再び鼻孔を膨らませて話し始めた。

「騎士の印象が強いけどさ、実は有名な魔術師でもあるんよ」

事実、絵画に描かれたオーディンの姿は、長い髭を蓄え、つばの広い帽子を被った魔術師然とした老人の物が多い。


「それと俺がどない関係あるねんな?」

未だ話が見えないままの崇、、、


「オーディンてさ知識欲が強くてな、自分の血肉と引き換えに色んな知識や技術を得たらしいわ」

静かに話す大作の鼻孔はもう広がってはいない。

「気ぃ悪うせんといて欲しいねんけど、、、」

そう前置きして尚も続ける大作。

「福さんも色んな事経験してさ、心も身体も傷付いて、、、その上で色んな事を知ったり気付いたりした訳やん?俺には2人が凄ぇ重なって思えるねん、、、」

そう言い終えると、自分の言葉に数回頷いている。

しかし、空気が重くなりかけているのを感じとると

「だからオーディンに関係する名前にしようと思ってな。愛馬の名前スレイプニルと使ってた槍グングニルで迷ってんけど、やっぱ武に関係が深い槍を取ったって訳!」

と、急に明るい声で説明した。


聞き終えた崇は、頭を掻いて新しいタバコに火を点ける。

「俺はそんな大層なもんちゃう、、、それにせっかく独立するんやぞ、主役はお前やろが。俺をイメージして名前つけてどないすんねん、、、」

そう言う崇は明らかに狼狽していた。

だが、そこに不快感や怒りは籠もってはいない。

ただ純粋に予想外の展開に戸惑っているらしい。


「ちゃうよ。主役は俺やない、、、まだ発表してないし何人集まるかわからんけど、集まってくれた人達こそが主役、そう思ってる」

凛としてそう語る大作。それを見て崇は己の小ささを恥じた。


「ロストポイント制ルールの復活と障害者の活躍の場、、、それを2本柱に考えてるけど、特に障害者部門は前例が少ないだけにどうしても慎重になる、、、でも、だからこそ力を入れてやっていきたいねん!」

力強く真っ直ぐな瞳で崇を見つめる大作。

崇はその視線を浴びるだけで、薄汚れた自分が浄化されたかの様な錯覚を覚えた。


「それにはどうしても福さんの力が必要やってん、、、障害者部門、福さんに委せるから宜しくお願いします」

深々と頭を下げる大作。

そこまで期待されては男として応えない訳にいかない。


「受けた以上は全力で取り組むよ。で、今度の会見ではどこまで話すつもりや?」

崇も真剣に訊く。


「今話した事は全部話すつもり。だからこそ紹介したいし同席して欲しいねん。」

先と違い、大作も今度は本気で言っている。


「なるほどな、、、そういう事ならわかった、一緒に出たるわ、、、人前出るの、正直苦手やねんけどなぁ」

少し躊躇いを見せながらも、崇は申し出を承諾した。


「ありがとう!あ、それと、、、これはまだ誰にも話して無い事やねんけど、、、」

1つ2つ鼻の頭を掻くと、大作が恥ずかしそうに続ける。

「将来的に目標にしてる格闘技パラリンピック、、、それを開く時のイベント名も決めてるねん」


「はあ?いくら何でも気が早すぎるやろ、、、お前、、、」

はっきり分かる程に呆れ顔で崇が答えた。


「そうやねんけどな、、、」

耳を真っ赤にしながら、大作がオーディンについて更に語り始めた。それによると、、、

北欧神話の主神であり、戦と死を司る神オーディン。

戦死者の魂を選別する戦乙女ワルキューレを使い、戦死した勇者達をヴァルハラの地に集める。そして来るべき大戦に備え、演習で戦わせ武人として鍛え直したという、、、


「なっ!?戦いを諦めた人達を武人として鍛え直す、、、正にこれからの福さんやん!?なっ!?こんな所もオーディンと福さん被ってるやん!?」

自らの話に興奮し、崇の方へとにじり寄る大作。


「近いっ!んで怖いっ!」

そう言って大作を突き放しながらも崇の顔は笑っている。

「もうオーディンの話は解ったわいな。で、その大会名って何やねんな?」


「オーディンが鍛えた者達が勇者となり挑んだ大戦、、、それがラグナロク!名付けるならこれしか無いやろっ!」

力強く答えた後で、気付いたように

「まぁ、これはまだまだ先の話やけどなぁ、、、」

と付け足す大作。

そこには気恥ずかしさより、明確な夢や目標とした強い意志が感じられた。

だが危うい、、崇は思う。

若さで走り出す所が多分にある大作。それを嗜めバランス良い舵取りをするのも年輩である自分の役目だろう、、、と。


(これから忙しくなりそやな、、、)

そう覚悟した崇の前で、またもやオーディンの話を始めている大作。

しかし既にお腹いっぱいの崇の耳に、その内容は一切入って来てはいなかった。



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