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格パラ  作者: 福島崇史
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大作という男

神戸市最大の繁華街「三ノ宮」

JRをはじめ地下鉄や各私鉄の駅が1ヶ所に密集している為に、午後の6時頃ともなれば駅周辺は大河の如き人の流れとなる。

駅の北側は広範囲にわたり居酒屋等の各種飲食店が犇めいている。

それ故に人の大河は、あたかも下流で枝分かれした川の様に、家路を急ぎ駅に向かう流れと、一杯引っかけに街へと向かう流れに途中で分かれる。


福田大作は繁華街へと向かう流れの中に居た。

無数の人の中でも大作は明確な存在感を放っている。

身長187㎝体重85㎏。

一目で何かをやっている事が判る身体だ。

巨体ではあるが鈍重では無く、バランスの良いスムーズな動きで人の波の中 歩みを進めている。


Tシャツの上にライダースを羽織り、ダメージ加工のデニムにスニーカーというロックテイストの服装、そして金髪のソフトモヒカンに短めのアゴ髭。

一見すると怖そうなはずなのだが、全身から滲み出る陽気さと、人懐っこい空気がそれを打ち消していた。

大作は「グラップス」という格闘技団体に所属している。2日前、とあるアマチュアトーナメントに出場し断トツの強さで優勝した。

とは言え、頭部に多少なりとも打撃を受けていたので一応検査を受け、異常が無かったので久々に飲みに出てきた、、、そんな具合だ。

皆でワイワイと飲むのも勿論楽しいのだが、基本的に「一人飲み」が好きである。

目指す店はJR三ノ宮駅から北西に歩いて10分程の「東門街」にある。先輩に連れて行ってもらってからチョクチョク一人でも行くようになった小さな鉄板焼屋だ。


駅の北側、乳房に似た盛り上がりが多数ある為にパイ山と呼ばれる広場を抜け、北野坂に入った。

100メートル程北上し、有名チェーンのラーメン屋手前を左に折れる。そのまま飲み屋の犇めく通りをドンツキ迄行くと、東門街の中腹に合流する。

途中、多数の呼び込みに声をかけられたが、軽いフットワークと笑顔を駆使してかわし、目的の店「沼川」に到着した。


小さな雑居ビルの2階にその店はある。雑居ビルと言っても1階にbar、2階に沼川の2店舗しか入ってはいない。

大作は階段を昇り、沼川のドアを開いた。

カウンターのみ、7席しかない小さな店だ。

印象を簡潔に述べるならば「小汚い」である。

鉄板焼きと名乗ってはいるが、場末のお好み焼き屋と言った方がしっくりと来る店である。


店に入ると、客は誰も居なかった。

七福神の布袋様と恵比寿様を足して2で「割らない」様な風貌の店主、沼川太一が「いらっしゃい」と気の抜けた声で出迎えてくれた。

「久々やなぁ何飲む?」温和な表情で注文を訊く沼川。


「やっぱ最初は生中!久々の酒やから楽しみで楽しみで!」


答えた大作は待ちきれないとばかりに体を揺らしている。まるでオモチャを受け取る前の子供のようなその様を、沼川は苦笑を浮かべながら見ていた。そして熊を想わせる動きでジョッキにビールを注ぐ。

キンキンのビールを大作の前に差し出した沼川は

「久々の酒?そういやぁ試合や言うとったな。で、どないやったん?」

そう笑顔で尋ねた。

目の前のビールをひったくった大作は、一気にビールを喉元に流し込む。よく見ると左手でVサインを作っている。どうやら、そうする事で沼川の問いに答えているらしい。


3分の2程のビールを飲んだ所でようやくジョッキが置かれた。心底幸せそうなクシャクシャの笑顔で

「クゥ~たまらん!」

と、定番の台詞を吐き出した大作は、思い出したかの様に


「あ、なんとか優勝しましたよ、、嘘です、ぶっちぎりで優勝しましたわ」

と、ドヤ顔を沼川に向けた。


「なんちゅうドヤ顔や!」

一応ツッコミを入れた沼川だったが、試合の結果に対しては驚くでもなく

「おめでとうさん、その一杯は祝いに奢るわ」

と当然の出来事の様に笑顔をむけた。


「あざぁ~す!」

今時の若者らしい礼を述べた大作は、悪戯な表情を浮かべて続ける。

「しかし、、いつ来ても暇な店っすね」

事実、大作が来る時は大抵暇である。と言うのも、土地柄のせいもあり遅い時間からの客が多い。アフターに使われたり、自分の店を閉めた後のママさん達が日付が変わってからやって来るのだ。

そんな理由から、早い時間に来て健全な時間に帰る大作は他の客と会う事が少なく、来る度に先程の毒を吐いては沼川をからかっている。

沼川も定番のやり取りとして認識している為、怒ったりはしない。お互いに弄る事、弄られる事を楽しんでいる。

大作はそんな空気のこの店が大好きだった。


大作は残りのビールを飲み干し、おかわりと数点の料理を注文すると、今日の本題を切り出した。

御通しで出されてたポテトサラダを一口つまんでから

「沼川さん、誰か彫師さんを知りません?」

そう尋ねると、沼川はおかわりのビールを差し出しながら

「刺青入れるん?」

と、質問に質問で答えた。


「えぇ、20歳になったら直ぐに入れる気やってんけど、なかなかピンと来る彫師さんが見つからんでねぇ、、」

眉を八の字にして、いかにも困ってますといった表情だ。

こういう時の大作は何とも言えない愛嬌がある。


「一人おるで」

沼川の返事。

その意外な言葉に大作は少し驚いた。あてにしていたのは事実だが、多分駄目だろうと思っていたからだ。

「マジっすか?」と大作。


「マジっすよ!」と沼川。


「もう20年位の付き合いでなぁ、俺より2コ下やねんけど、兵庫区で彫師やってる奴おるで。元格闘家やし話合うんちゃうか?」

そう言うと沼川は1枚の名刺を差し出した。

(痛いもん屋・彫師山宗)と書いてある。

電話番号はなくメールアドレスだけが記されている。

とてもシンプルながら、上等の紙を使った立派な名刺だった。


「格闘家やったんですか、この人?」

大作は先ずそこに喰いついた。


「あぁ、詳しくは言えんけど、ある事が原因で身体悪くしてな、、」

少し躊躇いながら沼川は答える。

「それを理由に引退してもうたけど、昔は自分で道場やってた位の格闘家やってんで。今は障害者なってもうて再起不能やけどな、、」

そう語る沼川は少し寂しそうに見えた。

それを察した沼川が場の空気を打ち消すように努めて明るく言う「名刺、TEL番あらへんやろ?今、連絡入れたろか?」


え、いきなり?とも思ったが、沼川の気持ちを汲んで

「緊張するけど、是非是非お願いしますわ!」

沼川に負けじと明るく答えた。

普段から明るい大作が輪をかけて明るい大きな声を出したので、沼川は少し面食らった様子だったが

「少し待ってな」そう言うと携帯を取りだし、メニューから電話帳を開いた。


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