我儘(わがまま)
第5ラウンド開始直前となって、崇から突然の提案。
ラウンド前の両者の会話はもはや恒例となってしまったが、咎める立場の朝倉もこれまでの徒労を振り返り、既にそんな気は失せていた。
「提案?」
大作と朝倉が顔を見合わせる。
1つ頷くと崇が真顔で続けた。
「あぁ、、、もし、、、もしも延長ラウンドに入ったら、それ、、、外してくれんか?」
崇の指は大作の足首を指し示している。
装具を外せ、、、そう言っているのである。
「え?いや、、、これは、、、」
明らかに戸惑いながら大作が口ごもる。
「おいおいっ!そんな事勝手に決められへんて!ちゃんと本部の許可をやな、、、」
眉間に皺を寄せ、唾を飛ばす朝倉を無視して崇がボソリ。
「ま、考えといて」
それだけを言うと、何も無かったかの様に構えを取った。
頭の高さへと挙げられたその拳を、そっと下ろしながら朝倉が声を絞る。
「今も言うたように、それは勝手に決めれんですよ、、、一応訊くけど、、、本気っすよね?」
構えを解き当然とばかりに頷いた崇、チラリと大作を見やると、戸惑いは消えたらしく真っ直ぐにこちらを見つめている。
朝倉が今度はその大作へと声を掛けた。
「もし本部が許可したとしてや、、、お前はどうするつもりや?今ここでお前が拒否するならば、この話はこれで終いや」
一度視線を落とし、伏し目がちに笑った大作。
つまらん事を訊くなとばかり、ぶっきらぼうに答えを吐いた。
「それがあの人の望みなんやろ?なら答えは1つやろ」
それを聞き小刻みに頷きながら朝倉がポツリ。
「言うと思ったわ、、、」
予想通りの返答に諦めの表情を浮かべると、両者にコーナーへと戻る様に指示を出し、本部席の連中をリング下へと呼び寄せた。
なかなか始まらない上に、コーナーへと戻る両者。
その異様な状況に一気にザワつく観客席、、、
それをおさめようと朝倉がマイクを握り、説明の為に現れた。
「えぇ~、、、只今、福井選手から提案がありました。もし延長ラウンドに突入したら福田選手の装具を外してくれないか、、、と。現在、その件につきまして審議中の為、もう暫くお待ち下さい」
崇の真意が読めぬ観客からはブーイングが飛び始めた。
「なんの為にやっ!」
「装具外したら完全に健常者やんけっ!」
「そんなんいらんから、早よぅ始めぇやっ!!」
怒声が舞い降るリング上、、、
すると突然崇が朝倉の手からマイクをひったくった。
「これはっ!!、、」
あまりの大声とスピーカーのハウリングで、驚いた観客達が一瞬押し黙った。
その隙をついて崇が続ける。
「これは、、ただただ俺の我儘です。本当にすいません。だから正規の5ラウンド迄は今のままで闘います。でももし延長ラウンドに持ち込めたなら、、、」
1度言葉を切り唇を噛んだ崇。数秒の沈黙の後でソロリと言葉を繋いだ。
「素の、、、生の福田大作とやらせて貰えませんかっ!?」
突然の崇のスピーチに困惑する会場。
怒声こそ飛ばないが、再びザワつき始めた。
すると崇はリング上に座り込み、その頭をマットに擦りつけ叫んだ。
「頼んますっ!!」
マイクを通さぬ、生の心の叫びである。
これはある意味卑怯とも言える行為、、、
そんな物を見せられ、聞かされたなら心を動かさぬ訳にはいかない。
疎らに鳴り始めた拍手は、瞬く間に会場全体に拡がって行った。
観客が崇の味方についたとなると、次に動かされるのは本部の実行委員達である。こうなってしまっては認可せざるを得ない。
「やらせてあげて下さい」
優子の後押しもあり、崇の望みは叶う事となった。
尤も、第5ラウンドでイーブンに持ち込めればの話だが。
「審議の結果、延長ラウンドに限り福井選手の提案を認める事としますっ!!、、、両者中央へっ!!」
朝倉のスピーチに会場が盛大に沸き、リング中央では微笑み合った2人が徐に構えを取った。
「ファイッ!!」
朝倉の掌が空を斬り、ついに運命の第5ラウンドの開始を告げた。