指導者として、、、
最終ラウンドを前にしたインターバル。
各陣営は対照的な光景を醸し出していた。
椅子に座り有川からのマッサージを受ける大作の姿は、ある意味優雅ですらあり、まるでセレブがエステを受けているかの様にも見える。
対する崇陣営、コーナーにはポツンとその身を晒す、無人の椅子が寂しそうに佇んでいた。
「座らんのか?」
新木の問いにもコーナーに凭れたままで崇は答えない。
傷を負わされ、あまつさえ自分の得意とするサンボ技でポイントを奪われた、、、
ダメージと屈辱から、体力的にも精神的にも疲労のピークを迎えつつある崇は、立てなくなりそうな気がして座るのが怖かったのだ。
それを知ってか知らずか、新木もそれ以上は訊かなかった。
立ったままでワセリンを塗られ、マッサージを受けながらも崇はある事を考えていた。
このラウンド、もし1ポイントを奪う事が出来、自分のポイントを守る事が出来たなら、持ちポイントも獲得ラウンドも並ぶ為、延長ラウンドへと突入する。
もしそうなったならば、、、
思考の中である決断を下した時、不意に声が飛び込んで来た。
「後が無いでっ!」
「負けてんじゃねぇよっ!」
それらの声は低い位置から聞こえた為、崇が視線を下げるといつの間にかリング下には障害の部のメンバーが集まっていた。
試合前、崇は皆に告げた。
自分の試合に向けて集中してくれ、、、と。
だが今、彼等はここに居る。
「お前ら、、、」
「やっぱ大将の最期は見届けんとな。最初から会場の隅で観てたんやけど、居ても立ってもおれんでさ、、、」
皆を代表して鳥居が答えた。
試合を控えた大切な時間、それを使い駆けつけてくれた事は素直に嬉しかった。しかし指導者としては苦言を呈さない訳にはいかない。
崇が口を開こうとした時、山下がそれを遮る様に言葉を発した。
「これは、、、これは俺達にとって最後の授業やねん。だから黙って見させてくれ、、、な?」
その言葉に皆も頷く。
その真っ直ぐな眼差しは、何を言っても無駄なのだと崇に覚らせた。
溜め息をつき、頭を2~3度掻いた崇。
「授業、、、か。成る程な。と、なれば不様な姿は見せれんな」
そう言いようやく皆へと笑顔を見せた。
「セコンドアウトッ!!」
戦場へと誘う声が響き、崇の顔が瞬時に変わる。
「最後の授業、、、どういう結果になろうがそこで見といてくれ」
そう言い残しマウスピースをくわえた崇は、覚悟を決めて皆へと背を向けた。
そこへ皆が思い思いに声援をぶつけている。
そんな中で1つの声が崇の足を止めさせた。
「負けてもええよ、、でもそれ以上怪我しないでね」
振り返ると、祈るように手を重ねる吉川の姿があった。
崇が1度マウスピースを外し
「えらいおしとやかやな、、まるで女の子みたいやでっ」
照れ隠しに悪態をついて見せる。
負けじと吉川も両手の中指を立て、舌を出して反撃を試みる。これも精一杯の照れ隠しであろう。
それでいいとばかりに頷き、再びマウスピースを噛んだ崇。
笑顔を残してリングへと踏み出す崇を、吉川も満面の笑顔で見送った。
リング中央に立つと、様子を見ていた大作が開口一番、冷やかしの言葉を投げ掛ける。
「かぁ~っ!妬けるねぇ人気者っ!」
まんざらでも無さそうにフフンと鼻を鳴らした崇だが、直ぐに神妙な物へその表情を変えると、先に決断した事を伝える為に重々しく口を開いた。
「なぁ大作、、、1つ提案があるねんけど、、、」