朝倉、参戦?
「ダウンッ!」
頭上から降ったその声に崇が慌てて立ち上がった。
自分が傷を負った事を解っている為、止められるのを怖れてカウントを待たず直ぐさま立ったのだった。
当然、試合は中断されレフリーがリングドクターを呼び寄せた。
崇は紅に染まった己の顔を手で拭いながらコーナーへと戻って行く。
ドクターチェックが始まり、反対のコーナーでは大作の身体にこびりついた崇の血を、セコンドの有川がゴシゴシと拭き取っている。そしてレフリーの朝倉もリングの汚れをタオルで拭っていた。
傷を診ながらリングドクターの田辺がボソボソと呟く。
「フム、、、出血量の割りに傷そのものは大した事あらへんな、、、まっ問題無いやろ。」
それを聞いて一先ずは胸を撫で下ろした崇。
傷は左こめかみ付近。
静脈が近い為か出血は多い。しかし大作の右膝がテーピングの為に可動域が狭まっていたのが幸いしたらしく、傷は浅かった。
もし通常の膝を鋭角に突き刺されていたならば、、、
いや、そうでは無い。勝負に「たら・れば」は禁物である。
こうして浅い傷で済み、続行出来る事、、、それだけが唯一の事実なのだ。
ワセリンを塗り、止血作業に追われながら新木が囁く。
「場所が場所やし、この後も傷が拡がる可能性は高い、、、試合中に出血したら血は目に入るやろな、、、とにかくリスクは高いままやって事は忘れんなよ」
崇が頷くと同時に、レフリーが両者をリング中央へと呼び寄せた。
固唾を飲み、事の成り行きを見守っていた観客達が、試合再開を察して歓声を飛ばす。
気にするように指先をそっと傷口に触れた崇、その指に1度視線を這わせてから立ち上がり
「もう一踏ん張り、ちょっくら行ってくらぁなっ!」
おどけ口調で新木にそう告げた。
しかしその飄々とした態度が、逆に覚悟の表れに感じた新木。彼にはそれが遺言の様に聞こえたのだが、何一つ返す言葉が見つからない自分がもどかしく、そして何より悲しかった。
新木の切ない視線に送られながらリング中央へと向かうと、そこでは既に大作が待っていた。
「悪りぃ、、お待たせ、、、」
ばつが悪そうにはにかみながら崇が詫びる。
「いや、お陰でゆっくり休ませてもろたわ」
気にすんなとばかりに大作は笑顔を向けた。
確かに大作の言う通りである。
崇陣営が慌ただしい中で、大作は純粋にインターバルを余分に貰ったのと同じなのだ。
その程度で膝のダメージが癒える訳では無いが、スタミナやメンタルの面では十二分に回復したはずである。
「そりゃ良かった。ハンデみたいなもんや、先輩からのせめてものプレゼントと思ってくれや、若いの」
「気ぃ使わせて悪いな。何も御返しは出来んけど、ありがたく貰っとくわ、古いの」
崇の精一杯の強がりを上手く返した大作。
そこへレフリーの朝倉が低姿勢な皮肉で参戦する。
「会話が盛り上がってる所に申し訳無いんすけど、そろそろ始めても良いっすか?」
通訳すれば
「お前ら何回も言うたよな?私語は慎めって!オラッとっとと始めるぞっ!」
といった所だろうか。
「へいへい」
「どうぞどうぞ♪」
渾身の嫌味も空振りに終わり、下唇を突き出す朝倉。
やれやれとばかりにゆっくり右手を掲げると、うさを晴らすかの様な勢いで一気に降り下ろした。
「ファイッ!!」
その声までもが2割増量といった感じである。
何はともあれ、波乱の第4ラウンドがようやく再開された。
残り時間はまだ2分ある。