天照の岩戸
大作から独立の話を聞いて、優子は驚きを隠せなかった。
知り合って間が無い頃、大作から聞いた話があるからである。
今所属しているジムのプロ部門に誘われていて、その話を受けるつもりだと楽しそうに語っていた大作。
それがこの短期間に何故そうなったのか、、、
「マジで!?プロなる言うてたやんっ!!」
驚き顔を心配顔に変えて優子が続ける、、
「なんかトラブったん?」
慌てて顔の前で手を振りながら大作が答えた
「いやいやっ!そうやないよっ!プロ選手ってのも確かに魅力やねんけどさ、、、」
そこまで言って姿勢を正した大作は改めて口を開いた。
「前に福さんの所でさ、総合格闘技の流れを昔に戻したいって話したん覚えとる?」
優子は記憶の糸を辿ってみた。
視線を宙に向ける優子、、、
(そう言えば)
「ああ!バーリ何んとかをポイント制に戻したいって話やんね?」
格闘技の知識に疎い優子ゆえ単語は曖昧だったが、その話自体は直ぐに思い出せていた。
「うん。でね、、、自分で言うのも何んやけど、、、」
恥ずかしそうにはにかみ大作が続ける。
「そこそこ人気が出てさ、格闘技雑誌やらサイトやらで何度か取材受けてな、その度にその事を話してたんよ、、、」
そこ迄話しても、大作の顔ははにかんだままである。
どうやら悪い話では無さそうだ。
その様子を見て安心した優子も自然と笑みが浮かぶ。
「そしたらインタビューを見たある会社の社長さんからスポンサーの話を頂いてな、独立してそれが出来るジム開いたら?って言ってくれてん!」
ようやく普段の明るさに戻り、嬉しそうに話す大作
「ええ話やんっ!良かったぁ、、、トラブったんかと思って心配したわぁ、、、」
そう祝福する優子だが、その顔には安心と興奮の入り雑じった複雑な表情が浮かんでいる。
「ありがとう優ちゃん!ジムともちゃんと話し合って円満退団が決まったし、来月の試合後に公に発表する思うわ、、、あっ!この話はまだ内緒なっ!」
そう言って口に人指し指を当てる大作。
しかし当の本人の声がそこそこ大きい為、内緒話として成立していない。
それでも一応「わかった!」と言うと、指で小さな輪を作り大作に応えた。
「あ、、、それ、福さんには話したん?」
優子が思い出したかの様に気になった事を問う。
一瞬にして動きの止まった大作、、、わかりやすい。
「まだみたいやね。ええ話やねんから話なよ?絶対喜んでくれるって!」
大作を促す優子。
「それやねんけどさ、、、福さんって格闘技についての本心は見せてくれんやん?未練無い訳あらへんのに、、、」
そう言って大作は、またもや視線を落とした。
確かにその点に関して崇は本心を見せていないし、何度訊いても本音を答えてはくれない。
心を開き合い、何んでも話し合える関係のはずなのに、、、
やはり崇は本当の意味で心を開いてくれていないのでは?
そう思うと大作はただただ寂しかった。
「何んとか心を開き、本心を引っ張り出したい」
そう語る大作。勿論、優子も同じ想いだ。
しかしそれは、頑なに出て来なかった天照大御神に岩戸を開かせる神話を想わせる、、、
困難であろう事は予想出来た。
「でな、俺なりに悪い頭で考えてみてん。独立する事で出来る事無いかなぁって」
視線を上げ、優子を見つめながら大作が言う。
優子は視線を受け止めながら、次の言葉を黙って待った。
「福さんと知り合う前から思ってた事やねんけどな、格闘技って他のスポーツに比べて障害持った人への門戸が狭いと思うねん」
大作は真剣な表情で更に続ける。
「パラリンピックがある様に、格闘技も障害を持った人達が輝ける場所、活躍出来る場所があるべきやと思う、、、格闘技やりたいのに諦めてる人も沢山おる思うねん!だから独立したら障害者部門も作ろうと考えてるねん」
優子は単純に驚いていた。
いつも明るく飄々とした大作が、こんな大人の考えを持っていた事にである。
「確かに門戸は狭いやろねぇ、、、危険を伴うスポーツやから、しゃあないとも思うけど。でも障害者部門てのはええかも知れんね!それで?」
優子に促された大作は、1度深呼吸を入れてから慎重に口を開いた。
「その部門にさ、、、福さんをトレーナーとして迎えたいねん」
そう言うと上目遣い気味に優子を見ている。その様は明らかに「どう思う?」と優子に問うていた。
「私にアイデア求めてたくせに、自分で凄い事考えてるやんっ!」
少し声を荒げてみせたが、勿論本気で怒ってはいない。
「たださっきも言った様に、私達がしてあげたい事と福さんが望む事がイコールとは限らへんよ?だからここで私の意見訊くより、まず福さんと話してみんと何も始まらへんと思う」
優子の言葉に何度か小刻みに頷く大作。
「でも、私個人としては大賛成やで!上手く事が運んで欲しいと思うよ!」
優子は手厳しい事を言ったフォローも込めて、とびきりの笑顔で応援の弁を述べた。
「ありがとうな!優ちゃんに話して良かったわ。全部を肯定せんと、ちゃんと意見を言ってくれるもんな!信用出来るわっ!」
先の笑顔に応えるかの様な勢いで礼の言葉を口にする大作。
「褒めすぎ!やだ気持ち悪い!」
今日会った時と同じ悪態をつく優子。そしてまた同じ様に2人して笑い出した。
その後も時に楽しく、時に真剣に色々な話を重ねた2人。
気付けば4時間が経っていた。
そして2人は、時間以外にも気付いた事がある。
お互いの感情の変化、、、
しかしそれはおくびにも出さず、いや、気付かれない様にと言うべきか、、、2人とも無理に自然体を装っていた。
「もうこんな時間やんっ!」
優子の言葉をきっかけに、どちらからとも無く帰り支度を始める。
「突然呼び出したし、今日は俺出すから!」
伝票を手にした大作。
「ふむ、良い心掛けだね♪ごちです!」
優子は冗談と笑顔を返しながら礼を述べた。
会計を済ましファミレスを出た2人。
「なんかあったらいつでも連絡して」
そう言って笑顔で優子が手を振る。
「送らんで大丈夫?」
夜も11時近く、大作なりの気遣いだったのだが
「歩いて5分程やし大丈夫、大丈夫!」
そう答えて優子が歩き出す。
「そっか、また俺からも連絡するから!」
大作の言葉に一瞬歩みを止める優子だったが、振り返らないままで手を挙げて応えると、自宅方面へと再び歩き出した。
大作は優子の姿が見えなくなるまで見送ると、踵を返して大通りに向かい流しのタクシーを拾った。
乗り込んだ大作は運転手に告げる、、、
「荒田公園までお願いします」