悪運
ゴングが鳴り響き、会場が騒然とする中、崇は静かにコーナーへと戻って行く。
「え?どした兄弟?、、勝ち名乗りを、、、」
そう言う新木に
「まだや、、、イス、、、」
と一言返した崇。
「まだ?」
「ええから早くイスッ!!」
「あ、、あぁ、、」
戸惑いを見せながらリング内にイスを立てた新木。
それに腰掛けた崇が、腕を組み対角線上に座るその男を見つめる。
その男も又、じっと崇を見つめている。そしてその目はまだ死んではいなかった。
そう、、、まだ終わっていないのである。
先程鳴らされたゴング、あれはダウンに対するカウントアウトの物では無かったのだ。
あのゴングはただ単に第3ラウンド終了を告げる為の物。
その証拠に10カウントはコールされておらず、9カウントとほぼ同時に打ち鳴らされていた。
つまり大作はゴングに救われたのだ。
もしあと1秒早く倒れていたなら、あのゴングは勝敗を決する報せとして鳴らされていただろう、、、ここでも「1秒」が運命を左右したのである。
「フン、悪運の強い奴っちゃで、、、」
有川は悪態を1つつくと
「ここは痛むか?、、、ここはどないや?」
と、あちこちを触りながら大作の反応を窺っている。
しかしインターバルは僅か1分、出来る事など限られてくる、、、悠長に構えてはいられない。
(切れては無いみたいやな。けど靭帯を傷めとるんは確かや)
そう確信した有川は、大作の膝をコールドスプレーで冷やし
、テーピングでがっちりと固定した。
「どや?」
訊かれた大作が、恐る恐る右脚に体重をかけてみる。
「おおっ!?これなら動けそうやわっ!」
大作の表情が一気に明るくなった。
あくまで応急措置ではあるが、これでかなりマシにはなる、、、暫くは動けるだろう。
「セコンドアウトッ!!」
アナウンスに急かされたかの様に立ち上がった大作。
その肩に手を置いて有川が告げる。
「なんなんや、あの人は?さっきの合気道みたいな投げ技とか、こういう試合で使うか普通?
まして鉄山靠なんか、ゲームか映像でしか見たことあらへん、、、」
「せやろ?そこが福さんの怖さや♪」
何故か嬉しそうな大作、肩に置かれた手を払いのけ、のそのそとリング中央へと向かって行く。
有川の言う通りである。
中国武術や古武術の技の一部は、残念な事に形骸化してしまっている物もある。故に昨今の格闘技の試合に於いて、それらを使用する者は皆無と言ってよい。
しかし崇は若き日に色々な技を体感し、その上で使える技、使えない技を取捨選択して来た。
一見使えなさそうな技でも、アレンジを加える事で使えるように改良し「生」を与える。
逆に実戦的と言われる技でも、使えない、自分には必要無いと判断すれば容赦無く切り捨てた。
しかし、そうして身につけた物でも試合の中で咄嗟に出せる人間など、そうそうは居ない。
だからこそ大作は崇を怖いと評したのである。
技というのは知らない人間には容易く決まってしまうものだ、引き出しから何が飛び出すか判らない、そういう意味で崇は怖い存在である、、と。
足首を固定されてる上に、右膝まで固定された大作。
さっきより足を引き摺る動きが目立つが、痛みが和らいだお陰で何とか動けている。
そうして向かったその先、そこでは怖い男が怖い笑顔で待っていた。
「やられたわ、、、でも次はそうはいかんで」
「それはそれは、、楽しみにしとくわ」
普通に会話を交わす2人に、朝倉が注意しようと口を開く。
「おい、私語は、、、」
そう言いかけたが、無駄だった事を思い出した朝倉は、その口を直ぐにつぐんだ。
そしてその先の言葉は苦虫と共に、奥歯で噛み砕き、そっと飲み込んだのだった。
現状説明
(持ちポイント)
崇・4ポイント
大作・3ポイント
(獲得ラウンド)
第1ラウンド・ポイント差が無くドロー
第2ラウンド・崇のロストポイントにより、大作の獲得ラウンド
第3ラウンド・大作のロストポイントにより、崇の獲得ラウンド