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格パラ  作者: 福島崇史
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1秒の価値

第3ラウンドが始まると崇は、構えも取らず大作へ近付きそっと右拳を差し出した。

当然の反応として、大作もそれに自らの拳を合わせようと左腕を伸ばす、、、しかし2人の拳が重なる事は無く、気付けば大作はリング中央で天井を見つめていた。

(あれ?)

突然リングに引っ張られたかの様な感覚があり、今の自分はリングに転がっている、、、訳が解らなかった。


ダメージは皆無と言って良い。

しかし何をされたか解らないという精神的ダメージ、それが大作の動きを止めさせる。

ほんの1秒程であるが、戸惑いからリング中央で寝たまま全く動けなかった。

しかしである、、、あらゆるスポーツに於いて、この「1秒」という時間は重い。


速さを競う競技で「1秒」を縮めるのが至難な様に、格闘技に於いても相手に自由な「1秒」を与えるというのは、ある種致命的とも言える。

たかが「1秒」と言えど、日常生活に於けるそれと、競技の世界でのそれは価値が断然に違うのだ。

この「1秒」はまさに値万金、大袈裟に言うならば「1秒」時を止めたに等しい、、、

そして当然、崇がその「1秒」を無駄にするはずは無かった。


視界に広がる天井の照明。そこに突然大きな影が現れ、自分に覆い被さる。

(あ、、ヤバ、、)

そう思った時には自らに跨がり、峰の様に(そび)える崇の姿が見えた。

マウントポジション。所謂馬乗りになられた状態である。

マウントパンチが認められないルールとは言え、やはり上を取られるというのは圧倒的不利である。


焦って体勢を返そうと試みるが、時既に遅く崇の下で不様に足掻く事しか出来ない、、、

ふと崇に目をやると、その表情は何とも形容し難く、非情、残忍そういった物を凝縮した様な形相で、大作は子供に捕らえられた虫の様な恐怖を抱かされていた。


対して開始早々、講じた策がまんまとはまった崇だったが、その実内心はヒヤヒヤ物であった。

大作をリングに転がしたその流れが、反則スレスレの物だったからである。

いや、厳密には明確に反則と記された事では無い。

しかしスポーツマンにあるまじき行為、そう取られても仕方の無いだけの事をしたと崇は自覚していた。


あの時、握手を求めるかの様に自ら差し出した右拳。

それに釣られて出て来た大作の左腕だったが、2人の拳が重なる寸前、崇はその無防備な大作の手首を掴み、大作の頭上方向へと持ち上げた。

そしてその体勢のまま大作の左側を通り抜け、掴んだその手を振り下ろしたのだった。

(四方投げ)

合気道で基本とされる投げ技である。

頭上に掲げられ、更に後方へと負荷の掛かった左腕は可動域を越える、、、大作に残された道は唯1つ、倒れる事のみだった。


確かに御世辞にも健全とは呼べない、、、しかし崇は思う。


(どないやスポーツマン?お前がやった事より遥かにエゲツなかろう?

握手を交わす、拳を合わせる、それらは決め事や無くて単なる暗黙の了解に過ぎへん。それを易々と信じて無防備にも俺に手を差し出したお前が悪い。

逆に言うなら先に差し出した俺の右手、それをもしお前が攻めて来たとしても俺は文句の1つも言わなかった。

性善説につけ入る悪どい手、人はそう言うかもしれん。

けどな、そんな声はクソ喰らえや!人の意見なんか関係あらへん。

これは俺とお前の物語、その最終章や。

俺はこういうリアリズムを抱いたステージに立っとる、、、お前も俺と闘う事を自ら望んだなら、同じステージに立ってみろっ!)

と。


そんな事を考えていて、崇はふと気付いた。

自分が嗤っているという事に。

そう、知らぬ間に嗤っていたのである。

(なぁ大作よ、、今の俺はどんな顔しとる?)

心で呼び掛けた崇は、次の攻め手を考えながら舌舐めずりをして見せた。


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