選手vsセコンド
「マジで肝冷やしたわっ!」
崇の首筋にコールドスプレーを浴びせながら新木が言う。
「全く見えんかってんけど、、、俺、何を喰らったん?」
崇は先程辿り着けなかった答えを新木に求めた。
「せやろな、、見えてたら兄弟があんな大技喰らう訳あらへん」
「大技?」
「ああ、浴びせ蹴りや、、、」
答えながらも、新木が手を止める事は1度も無かった。
「あ、浴びせ、、、マジかぁ、、」
思わず新木を二度見した崇が、大きな溜め息と共に落胆の言葉を吐き出す。
それを見た新木
「アカンどっ兄弟っ!!気持ち入れ替えて行こうやっ!!」
そう言って崇の背中を思い切り張ると、湿った肌が派手に水滴を撒き散らした。
「~~~っ!、、、け、結構痛いんすけど、、、」
「控え室の仕返しやっ」
カラカラと高笑う新木をしかめ面で睨む崇だが、背を仰け反らせたその姿に、観客席で笑いが生まれている。
恥ずかしさから崇の顔がみるみる赤くなるが、張られた背中はそれを上回る早さで染まりゆき、季節外れの紅葉を舞わせていた。
「く~~っ惜しかった!やっぱ立つよねぇ~」
コーナーに戻るなりそう言う大作だが、内容とは裏腹にその顔には笑みの花が咲いている。
「フフッ」
「ん?何が可笑しいん?」
「いや、、、惜しかったって言う割には、えらい嬉しそうやからやぁ」
大作の汗を拭き終えた有川が、うがい用の水を差し出す。
口を濯ぎ、有川の持つバケツへそれを吐き出すと
「やっぱバレた?」
そう言い再び満開の笑みを咲かせた大作。
「ああ、そんだけ笑っとったらアホでも気付くわ」
バケツを置き、タオルを手にした有川がリングへと入った。
するとその時、水気を帯びた破裂音が響き、大作はその方向へと目を奪われた。
タオルで大作へと風を送っていた有川も思わず振り返る。
するとそこには歯を食い縛り、その身を仰け反らせた崇と、満足気に嗤う新木の姿が目に入った。
「ちょ、、試合中にセコンドが選手に暴行って♪」
大作は飛び出しそうになる笑いを、噛みながら必死で口内に留めているようである。
「、、、前代未聞やな」
流石の有川も思わず手を止め、ポカンとその光景を眺めてしまった。
「セコンドアウトッ!」
アナウンスと共にイスから立ち上がった大作。
「おもろいもん見せてもろたし、いっちょ気張って来るわ」
そう言ってアーンと口を開ける。
そこへマウスピースを挿し込みながら有川が言う。
「楽しみたいんは解る。でもこれは遊びや無い、、勝機が来たらきっちり決めにかかれっ!ええなっ!?、、痛っ!!」
最後に叫んだ有川が、慌ててその手を引っ込めた。
返事の代わりに有川の指を噛んだ大作。
五月蝿いよと言わんばかりに不敵に嗤い、右手をひらひら振りながらリング中央へと向かった。
未だジンジンと疼く背中を気にしながら崇が立つ。
「兄弟、解っとるやろけど、このラウンドは落とせんぞ」
マウスピースを噛ませながら新木が声を掛けたが、その表情は思いの外に神妙な物だった。
すると突然、崇が新木の眼前で天井を指差した。
つられた新木が、指し示す先へと視線を這わせて行く。
そこで崇がガラ空きになったその喉元へと地獄突き一閃っ!
勿論本気で突いた訳では無いが、虚を突かれた新木は噎せかえっている。
「何すんねんなっ!!」
言いながら涙目を向けると、崇が笑顔で親指を立てている。
「心配すんなっ!」
そう言われている様で、新木はそれ以上何も言えなくなった。
そして崇は無言で頷くとリング中央へと歩き出す、、まるで背に残る新木の手形に押され、支えられるかのように。