それぞれのインターバル
チャンスを逃した崇は、未練を引き摺りながらコーナーへと戻った。
「惜しかったな」
イスを差し出しながら新木が言う。
座した崇は大きく息を吐くと無言で頷いた。
その後は声を掛ける事も無く崇の汗を拭き、うがい用の水を与える新木。
選手にとって喋るというのは、意外に体力を消耗するものだ。声を掛けないのは、それを解った上での新木なりの配慮であろう。
新木が崇の腕と太ももをマッサージし始めて間も無く、インターバル終了を告げるアナウンスが流れた。
「セコンドアウトッ!!」
急いでイスをしまった新木は
「俺がアドバイス出来る事なんかあらへんけど一言だけ、、兄弟の思うようにやっといでっ!」
そう伝えると、強めに背中を押し崇を送り出した。
「アカン、全然動かれへんわ、、、」
コーナーに戻るなり大作が力無く愚痴る。
「ああ、見とっても危なっかしいわ」
手慣れた動きでセコンド業務をこなしながら有川が答えた。
崇陣営と違い、こちらは普通に会話を交わしている。
スタミナに自信のある若き大作、ロートルの崇とは違うといったところか、、、
「それ」
有川が大作の汗を拭きながら、顎と視線で大作の足首を指し示す。
「ん?」
「それに慣れてないお前は、身体の使い方にすら戸惑っとる有り様や。と、なれば使える技も限られてくる、、、」
「確かにな、、、」
大作は深刻そうに顔を歪ませた。
「でもスタミナだけは絶対お前が上や。まだ序盤やし焦る事ぁ無い。動いて様子見ながら相手のスタミナ奪って行こか、、、ただし蹴りは前蹴り以外使うな、ええなっ?」
そのアドバイスに大作は応えない。
「オイッ!聞いとるんかっ!?」
有川のその声が
「セコンドアウトッ!!」
のアナウンスに重なる。
「ほらっ!セコンドアウトやとさ。下がって下がって!!」
立ち上がった大作はそう言いながら、手で追い払う仕草をして見せた。
「ングッ、、、好きにせぇっ!」
吐き棄てる様な言葉を背に受け
「ああ、そうする」
呟いた大作がリング中央へと向かった。
(思うようにやっといで)
信頼の言葉で送り出された崇。
(好きにせぇ)
諦めの言葉で投げ出された大作。
境遇は違えど2人は、同じ想いを抱いてリング中央へと足を踏み出していた。それは、、、
(全てをぶつけるっ!)
策を弄する事すら相手に失礼、、、
出来る事も出来ない事も関係無い。
格好良かろうが悪かろうが関係無い。
ただただ己の全てを出し尽くす、、戦略があるとすればこの一点のみである。
構えてゴングを待ちながら、リング中央で見合った2人。
言葉を交わさずとも、互いにその覚悟を感じ取っている。
2人の顔に自然と笑みが浮かんだその時
「第2ラウンドッ!」
の声が響く。
そのアナウンスがゴングを誘い、ゴングが「ファイッ!」の声を誘い、そしてその声が2人を戦場へと誘った。
未だ波紋となりて会場を覆うゴングの音色。
そこへ歓声が加わり、更なる大きな波紋が拡がって行く。
いつしか2人の顔から笑顔は消え失せ、武人のそれへと変貌していた。