フレンドリー・ファイア
大作はゴングと同時に飛び出し、奇襲を仕掛けるつもりだった。
しかしである、、足首を固定してある為にそれが出来ない。
思った以上に身体が動かず、自由が利かないのだ。
この足枷は想像していたよりも厄介な代物、、、
そう再認識させられた大作の顔には、色濃い焦りが見える。
対する崇は、その事を解っていた。
長年装具を着用している身である。どんな動きが出来て、どんな事が出来ないかは熟知している。
つまり、大作の奇襲が無い事は容易に予測出来ていた。
それ故に構えてから大作の動きを見る事が出来、心の余裕という点ではイニシアチブを握れている。
この辺りに本家「足の悪い人」と、にわか「足の悪い人」の差が表れるというものだ。
しかしゴングが鳴ってからのこの流れ、観ている者達には意外なものだった。
これ迄の2人の経緯は殆どの人の知る処である。
そんな2人が試合前に握手を交わすでも、拳を合わせるでも無く、かといって派手な幕開けをするでも無い、、、、
大作がその派手な幕開けを狙いながらも不発に終わった事、そんな裏事情など知らぬ観客達は少々物足りなさを感じていた。
するとそれを察したのか、崇がスッと構えを解いた。
その意味を理解したらしく、大作も同じように構えを解く。
(奇襲、残念やったな)
崇の顔はそう言っている。
(ほんま赤っ恥やわ)
大作の顔はそう言っている。
そして2人は今更ながらリング中央で拳を合わせると、この後の健闘を誓い合った。
無言の会話を終えると、一先ず距離を取った2人。
そこへレフリーの声が鋭く響く。
「ファイッ!!」
仕切り直しに観客達が改めて歓声と拍手を送った。
(さて、、、どうすっかな、、、)
奇襲というあての外れた大作が唇を一舐めする。
アップライトに構え、上体を細かく振りながら思考を巡らせている。
身長、体重、リーチ、全ては自分が優っており、崇の射程外より打撃を放ちながら距離を保つのがセオリーではある。
しかし、やはりここでも装具がネックである。
フットワークが使えない、、、崇が強引に間合いを詰めて来た時に、素早い離脱をする自信は無かった。
足首の固定、、、互いに同じ条件ではあるが、「慣れ」というハンデがあり、やはり自分が不利な事は間違い無い。
(ほんと、、、どうすっかなぁ、、、)
大作は考えながら、再びその唇を舐めた。
(どう攻めっかなぁ、、、)
崇が眉間に皺を寄せる。
大作よりも少し身体を縮めた構えを取り、こちらも上体を振っている。
自分が勝機を見出だすならば、打撃で打ち合うにせよ、寝技に入るにせよ、インファイトに持ち込まねば話にならない。
かといって無策に飛び込むのは、リーチ差が大きく自殺行為と言える。
例えるならば、対空砲火の飛び交う中をグライダーで突っ込む様な物であり、崇はその光景を想像するとゾッとしてその身を震わせた。
(マジでどう攻めっかな、、、)
崇の眉間は更に深い皺を刻んでいた。
この試合は今大会において、唯一の同門対決である。
グングニルを含め、他の道場やジムの面々も仲間との試合は1つも組まれていない。
故に本日この場所で、友軍への攻撃、所謂フレンドリー・ファイアの為に戦略を練っているのはこの2人のみである。
本来やりにくく、時に残酷なはずの同門対決だが、前々から心の奥でそれを望んでいたのだろう、この2人はどこか愉しそうに見える。
お互いに様子見の細かい打撃を数発出しただけで、大した動きの無いまま既に1分半が経過していた。
観客が退屈し始めたその時である。
最初の動きを見せたのは、誰もが予想だにしていないあの男であった。