コール
「アカン!もうバレとったわ」
コーナーに戻るなりそう言うと、大作は舌を出して へへへと嗤った。
「なんや、、、そんな格好までしといて、ピエロやないか」
セコンドに就いた有川浩二がからかう様に言う。
この有川という男、大作が度々出稽古に行っている柔術道場のメンバーである。Xとしての正体を覚られぬ様に、わざわざ皆の知らないこの男にセコンドを頼んだのだった。
「ピエロ、確かになぁ。
やっぱ家から装具を着けて来たんは失敗やったな。
少しでも慣れとこと思っての事やってんけど、裏目に出たわ、、、でも観客にまでバレとる訳ちゃうしな。
俺がマスク脱ぐ瞬間、見とけよぅ、、会場が揺れるで♪」
目をキラキラさせて愉しそうに語る姿は、まるきり子供のそれである。
「お前さぁ、、、これは障害者が主役の大会やろ?お前が(ええとこ取り)してどないすんねんな」
言ってはみたものの、ここまでやってしまった事であり、それが無駄な事は解っている有川。しかしそれでも大作の真意が見えず、言わずにはいられなかった。
すると大作の顔から笑顔は消え、急に真剣な表情で語り始める。
「俺が目立つ為や無いよ。これは俺なりの恩返し、、、
花を持たせるつもりは無いけど、せめて花を添えたいやん?、、、まぁ他にも色々な想いがあるんやけどな、、、説明が難しいわ」
言い終えるとほんの一瞬だけ崇の方へと振り向いたが、直ぐに戻したその顔には再び笑顔が浮いていた。
「そっか、、まぁ気の済むようにせえや」
「ああ、すまんな」
2人がハイタッチを交わしたその時、丁度ルール説明のアナウンスが終わった。
いよいよ近付く試合への期待感か、観客から拍手が沸き起こる。そして先までルール説明をしていたアナウンスが、両選手を紹介するコールへと入る。
「青コーナー 175cm 82kg 福井崇選手っ!
障害部位について御説明させて頂きます。脊髄損傷による体幹障害、及び下半身に軽度の麻痺。
よって足首を固定する為の装具を着用しての試合となります」
プロの興行と違い、やはりコールも抑揚を抑えた淡々とした物である。
コールを受け柔術着を脱いだ崇。
体格差を埋める為に少し体重を増やしているが、勿論だぶついた印象は無い。パンッと張ったプロレスラーの様な身体を作り上げている。
そして、、、背中の刺青が初めて衆目の下に晒された。
背中の半分を埋める宮本武蔵の肖像画とそれを囲む「常在戦場」の文字。
そして残りの半分を埋めた大日如来の姿と、供養の為に卒塔婆に刻まれた友の名前、、、
武と慈愛の同居するその背中は、見る者に十分すぎるインパクトを与えた。
崇はざわつく四方に軽く頭を下げる。ふと本部席に目を向けると、そこにはサングラスをかけた優子の姿が見えた。
明らかに違和感のあるその姿は、やはり場違いで目立っている、、、
崇の視線に気付いたらしく、優子がピースサインを向けている。
「アホ、、、」
呟いた崇は(サングラスを取れっ!)とジェスチャーを送ったが、優子は首を振り舌を出してそれを拒否している。
それを見て優子の数倍首を振った崇は、リング内に向き直ると大作、、、いや、この時点ではまだXである彼のコールを待った。
「続きまして赤コーナー 187cm 90kg X選手
障害部位は、、、、ございません」
このアナウンスに会場がざわめく。
するとXは羽織っていたベンチコートを徐に脱ぎ捨てた。
そこにはファンならば誰もが見覚えのある刺青が姿を現した。その瞬間、会場の「ざわめき」が「どよめき」に変わる。
そしていよいよ満を持してマスクをも脱ぎ捨てたX。
その時、彼の予告通りまさに会場は揺れていた。
荒れ狂うように飛び交う歓声、、、いや喚声の中、再びアナウンスが流れ始める。
「改めまして、、赤コーナー 187cm 90kg 福田大作選手
障害はございませんが、公正を期す為に両足首をテーピングと装具で固定しての試合となります」
鳴り止まぬ歓声により所々掻き消されながらも、なんとかコールが終わりレフリーの朝倉が両者をリング中央へと招いた。
崇、大作の順にボディチェックを済ませると
「ルールは把握しとるな?」
と、決まりとは言え間抜けな事を問う。
それに2人が黙って頷く。
「なら準備はええな?」
これまた至極下らない問い掛けではあるが、文句も言わずに2人はまたも黙って頷いた。
朝倉は1度コーナーに戻るよう両者に促すが、それを無視して大作が口を開く。
「福さん、手加減せんぞ」
「当たり前や。したらお前の敗けじゃ」
あの日の荒田公園。
初めての兄弟喧嘩の時とほぼ同じ会話を交わした2人が、共に自分のコーナーへと戻って行く。
崇も大作も口の端が吊り上がっているが、それは歓喜の笑みだろうか?それとも、、、、
そしてついに運命のゴングが鳴り響いた。