開会式
10時45分となり、全参加者が開会式の行われるメイン会場へと向かい始めた。
グングニルの面々も崇を先頭に控え室を出る。
既に全員の顔は戦士のそれとなっていた。
控え室を出て会場入口迄は、直ぐ目と鼻の先である。
入口に扉等は無く、まるで戦士達を飲み込もうとしているかの様に、大きく漠然とその口を開いていた。
そこを潜り、会場へと足を踏み入れたグングニル陣、、、
その光景に思わず深々と息を呑んだ。
会場の更に一階高い所、見下ろす形で設置されている約1800の客席、それらはほぼほぼ埋まっており、会場の四方に用意したパイプ椅子の席、約500も空きが無いに等しかった。
参加選手の応援も多いらしく、あちこちに横断幕が見て取れる。
更には立ち見の客も入っていた。満員と言って差し支え無い状況であり、間違い無くグングニル史上最高の動員数である。
入場して来た者達へ、そこかしこから声援が飛んでいた。
この熱気、、、崇の身体に震えが這い上がる。
怖れはある。緊張、不安、、、それもある。そして楽しみも。崇はこれが武者震いなのだと初めて知った。
数多の感情と未だ身体を走る震え、それらを無理矢理に抑え込むと、自らの全身をパンパンッと叩いた崇。
後ろに続くメンバーを首だけで振り向いて、その様子を見つめる。
皆、緊張は見て取れるが、空気に呑まれてはいない。
それを見届けると
「行こか」
その一言だけを笑顔で告げた。
全参加選手、約200人が競技場内に揃った。
トレーナーやセコンド等の関係者も含めると400人近い者が整列しており、その光景はやはり圧巻である。
空手着、柔道着、柔術着、、、ジャージ姿の者も居れば、功夫着の者も見える。
一見、混沌とした印象だが、これこそまさに格闘技パラリンピックと呼ぶに相応しい。
会場内に女性のアナウンスが流れた。
「只今より格闘技パラリンピック・ラグナロク、開会式を行います。先立ちまして主催団体グングニル代表、福田大作より御挨拶がございます」
その声に誘われ本部席の大作がマイクを手に立ち上がる。
有名選手の彼らしく、写真を撮る音や歓声が鳴り響く。
「え~、、本日は多数の皆様に足をお運び頂き、厚く御礼申し上げます」
大作はここまで言うと1度深く頭を下げた。
その爽やかな所作に、再び声援と拍手が沸く。
それらが収まるのを待ってから口を開いた大作。
「ずっと疑問に思っていた事が2つあります。
1つはパラリンピックは何故オリンピック程に注目されないのか、、、確かに超人の集まるオリンピックは素晴らしい。
しかし何かしらの問題を身体に抱えながら、健常者以上の身体能力を見せるパラリンピック選手、、、
個人的な意見ですが、こちらの方がよほど超人であり、もっと取り上げられるべき存在では無いかと。
事実、オリンピックメダリストの名は何人か浮かんでも、パラリンピックメダリストの名は出て来ない、、、
そんな人が多いかと思います。この悲しい現実、これが疑問の1つ。
そしてもう1つは、格闘技は他のスポーツに比べ何故障害者への門戸が狭いのかという事。
実際、格闘技は危険を伴います。元々、人体の破壊を目的としている以上はそれが理由になる事、、理解しています。
しかし、他のスポーツは障害者用にルールを整備し、大きな大会も開かれています。ならば格闘技もそれが出来るはずっ!!
この2つの疑問が今大会を開きたいという想いへと繋がり、そしてようやく実現する事が出来ました。
参加者の皆さんは立派なアスリートです。胸を張って最高のパフォーマンスを発揮して下さいっ!
そして観客の皆様、ここに集いし武士達の闘いをしっかり見てあげて下さいっ!」
ここでようやく言葉を切り、再び頭を下げた大作。
大歓声と拍手喝采の中、大作がまたもマイクを口に運ぶ。
開会の挨拶が終わったものと思っていた観客達、驚いて思わずその手を止めた。
「すいません、、、もう1つだけ言わせて下さい。
弊社の私事で恐縮ですが、、、
今日、1人の男がその格闘技人生に幕を降ろします。
その男との出逢いが無ければ、グングニルもこの大会ラグナロクも無かった、、、
全試合に先立ちその男、福井崇の引退試合を行いますので、彼の幕引き、、、皆様しかと見届けてあげて下さい。
それでは長くなりましたが、これを以て開会の挨拶とさせて頂きます。
参加選手の皆さんっ!今日は日頃の鍛練の成果を遺憾無く発揮して下さいっ!!」
深々と一礼し着席した大作、その姿を見つめる崇と目が合うとウインクを1つして見せた。
「、、アホ」
そう呟いた崇は大歓声渦巻く中、涙を堪える作業に必死だった。