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格パラ  作者: 福島崇史
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兄弟

崇が控え室に入ると、障害の部のメンバーは既に全員が揃っていた。

「おはようさんっ!」

崇が声を掛けると

「ウィッス!!」

「ざいまぁーす!」

「チャースッ!!」

それぞれが思い思いの挨拶を返す。

試合まで数時間ある為に私服のままの者も多く、控え室は未だリラックスした空気に包まれている。

とは言え決して弛んでいる訳では無く、数時間後に向けて各々が集中力を高めている様子だった。

そんな中で崇は早々に着替え始める。

皆の先陣を切ってリングに立つ身として、早めに心身を戦闘モードへと高めたかったのだ。

その反面で一番遅く会場入りした自分に後ろめたさも感じていた。



メイン会場となる2階フロアには西側に3つ、東側に1つの会議室がある。それとは別に東側には男女それぞれの正規の更衣室があるのだが、今大会はそれだけでは足りないのでそれら全てを控え室として使用させてもらっている。

勿論控え室は対戦者別に東西に分けており、トイレも東西それぞれにあるお陰で、対戦者同士が試合前に顔を合わす事は無い様になっていた。


試合用のタイツと足首を固定する装具、そして脛当ての防具レガースを身に付け、その上からグングニルやスポンサーのロゴが入った柔術着に袖を通した崇。

ストレッチ用のマットに腰を下ろすと軽く目を閉じた。

(これがほんまに最後やねんな、、)

そう思うと感慨深い物がこみ上げる。

その時、控え室の扉が開き1人の男が入って来た。

分厚く、厳つく、優しい男。

今日の試合で崇のセコンドを務める新木である。


「兄弟、おはようさんっ!寝れたか?」

(またこの質問か、、、)

崇は少々辟易しながらも親指を立てて見せ、本日3度目の嘘をついた。

「兄弟、今日のセコンド頼りにしてまっせ!」

「応よっ!委せときぃ!!兄弟の晴れ舞台やからな、ほんまやったら俺が対戦相手やりたかったくらいやでっ!!」

そう言った新木はグングニルのトレーナーとなった時点では格闘技経験が無かったが、半年程前から一般の部の面々に混じって本格的に練習を始めていた。


「勘弁してくれや、アンタ健常者やがな。それに同じ霊長類とは言え、人の身でゴリラに勝てる気せんわ」


「誰がゴリラやねんっ!!」


「まあまあ、、そうウホウホ言わんと」


「言うてへんわっ!!」

こんなやり取りのお陰で、張り詰め過ぎていた心の糸に程よい緩みが生まれた崇。

軽口を叩きながらも心の中では新木に感謝していた。



暫し雑談を交わしていると、新木の表情が急に固い物となった。そして躊躇いを見せながらそろりと言葉を吐き出す。

「なあ兄弟、、、怖ないんか?」

新木の問いに崇の体が一瞬強張る。

横目でそれを見た新木が更に続けた。

「俺は怖い、、、今のお前を見るのが怖いわ、、、」

長い付き合いの2人、崇の全盛期を知る新木だからこその言葉であろう。


「怖ない訳無いやん、、、めちゃめちゃ怖いよ。でもまあ、ここまで来たら言うてもしゃあないしな、楽しむ事に決めてん」

無理に明るく答えて見せる。

「不吉な事をって怒るかもしれんけど、、、俺が無理やって思ったら、遠慮無くタオル投げるから、、、恨まんといてくれな」

未だ神妙な空気を漂わせる新木、その背を突然思い切り張った崇。

鳴り響いたその炸裂音に皆が驚きの目を向けた。


「ったぁ~~!、、、何すんねんな、いきなりっ!?」

「あまりに辛気臭いから景気づけやっ!」

腕を組み笑う崇を新木が恨めしそうに見つめる。

「なあ兄弟よ、、、セコンドを頼んだ以上は信頼して命を預けたって事や。その兄弟がどんな判断を下したとしても恨んだりするかいやっ。それに試合前にネガティブな事言うんはセコンドとしてアウトやでっ!テンションあがる事言うてぇや、、ほら俺、褒められて伸びる子やから♪」


「子て、、、」

呆れ眼を新木が投げる。


「アントニオ猪木も言うとったやろ?やる前から敗ける事考える馬鹿いるかよっ!!てな。確かに敗けるかもって恐怖心や不安はある。でも敗ける気はせんっ!だから兄弟も信頼して一番ええ席から見といてくれやっ」

これはかつてアントニオ猪木がビッグバン・ベイダーとの対戦前

「敗けたら引退ですか?」

と質問したインタビュアーにビンタを張りながら、言い放った名言である。

通称(東京ドーム張り手)と呼ばれたその時のビンタになぞらえて、崇も新木の背を張ったのだった。


「せやな、、いらん事言うて悪かった。兄弟、堪忍やで。

でも残念ながら一番ええ席から見るんは俺や無いよ」


「ん?どういう意味?」


「直ぐに判るわ。とりあえず試合前なったらアップの相手するから、それまではリラックスして過ごしてや。ほな又後でなっ!」

差し出された新木の手を握り返した崇だったが、優子との会話時に生まれた(腑に落ちぬ物)、、それが更に増えた様な気がしていた。


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