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格パラ  作者: 福島崇史
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返答、、それは我が背にあり

優子と悠、2人のYOUが走らせた視線の先。

そこには充血した目で歯を軋ませる崇の姿があった。

唸り声を挙げながら腕立て伏せを繰り返しているが、鬼気迫る表情と雄叫びのせいもあり、その姿は獣の様にすら見える。

それもそのはずであった。腕だけで身体を上下させるその単純作業は、既に300回を超えていたのだから、、、


「福さん、、、ちょっとやり過ぎよね?、、、」

皆が追い込みを終えたこの時期に、、、そういう意味合いで優子は言ったのだが、吉川は頷きながら

「もう350回超えた、、、止めに行こか」

とメニュー内容を案じた言葉を返したのだった。

崇の方へと向かう吉川の背を見つめ

(気になるのは解るけど、まさか回数まで把握してるとはね)

驚きと呆れを同居させながら優子が後を追う。


「グエッ!!」

吉川が背に跨がった為に、圧し潰される形となった崇。

踏まれた蛙の様な情けない声を発して、床に突っ伏した。

「い、いきなり何なんっ?!」

首だけを反らし、未だ背に乗ったままの吉川に問う。

「福さん、皆の手本となるべき人間がこの時期にオーバーワーク、、、どうかと思うで」

腕を組み、咎める視線を突き刺す吉川。

そしてどうやら崇の背から下りる気は無いようである。


「んぐ、、それがそのぅ、、」

返す言葉も無い、、、確かに吉川の言う通りであり、それは崇も理解している。

しかし頭では「休め」と命じても、心と身体がそれを許さないのだ。

大作と優子、そして自身の目指したラグナロク。

悲願とも言えるその幕を開くのは、皮肉にも自らの幕引きとなる引退試合である。

その重圧と不安はいくら身体を苛めても拭い切れない。

(まだ足りないのでは?まだやり残しがあるのでは?)

その想いから再び身体を苛める、、そんな悪循環に陥っていたのだった。

しかし今、悪しき連鎖の鎖をようやく吉川が断ち切ってくれたのだ。


「悪い、、、助かったわ、、、」

呪いから醒めた者の様に、崇が小声で呟くと

「わかればええねん」

満足気な吉川がようやく崇の背から下りた。

そのタイミングで

「そうそうっ!大事な事忘れるとこやった!」

大声を出しながら優子がポンッと手を叩く。

「大事な事?」

いぶかしむ崇に対し、優子の口調はあくまで軽い。

「そっそ!福さんの対戦相手の、え~と、、、Xさん!この人も福さんと同じで両足に装具を着けてるんやけど、打撃も有りの完全なロストポイント制ルールでやりたいって打診があったんよ、、、どうする?」


本来ならば装具の着用無しで自立や歩行が出来ない者は、寝技と手による打撃のみの「膝立ちルール」が適用されるのだが、両者の合意が成った時に限り装具を着用の上、更にレガースと呼ばれる脛当ても装着して、一般と同じ打撃有りのロストポイント制ルールが認められる。

「えらい急やね、、、こんな土壇場なってから言って来るかね普通、、、」

呆れ顔で吉川が首を振って見せると、バツが悪そうに優子が口を開いた。


「いや、その、、、ごめん!私が言い忘れてただけで、実は結構前に打診受けててん、、、で、昨日先方から確認、、、というか催促の問い合せがあってさ、、、」

もはや優子の代名詞とも言える上目遣いで、吉川と崇を交互に見ている。

詰め寄ったのは吉川だった。

「ちょ、、そんな大事な、、」

しかし崇はそれを制すると一言

「俺の背中にある言葉。それが答えや」

とだけ答えて見せた。


「常在戦場」を座右の銘とする自分にとって、突然のルール変更など何の問題も無い。故にそんな問いは愚問である。

そう言い放つ様な強烈な返答であった。

決して気負った発言では無く、日々に交わす挨拶の様にサラリと流れ出た物だったが、その言葉の持つ純粋な迫力に2人のYOUは暫し心と身体を硬直させられた。

ようやく我に返った優子

「じゃ、じゃあ今度こそ忘れん内に先方に連絡しとくね、、、」

そう言い、そそくさと事務所へと撤収してしまった。

残された吉川が強い口調で崇に釘を刺す。

「とにかく少しでもクールダウンして、今は身体を休める事っ!!」


「へいへい、、」


「へいや無くてハイやろっ!んで返事は1回っ!!」

これではどちらが指導者か判らない、、、

「えらいすんまへん、、でもほんまに止めてくれてありがとな」

憎まれ口が返って来ると思いきや、予想に反して礼を述べられた吉川。

その不意打ちに自然と頬が赤らむのが自分でも判った。

それを悟られぬ様に崇に背を向けると

「と、とにかく無理せんようにね」

それだけ言って立ち去ろうとする。


「無理はするけど無茶はせんから、、、見届けてくれな」

背にぶつけられたその言葉に1度足を止めた吉川。

しかし振り向く事は無く、微かに頷くとそのまま優子と同じく事務所へと姿を消した。

(やっぱいい女よな、、、)

それを見送りながら崇はそんな事を再確認していた。


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