安易
「形無し、、はて、、どういう事?」
練習の手を止め山下が不可解な顔をする。
パートナーを務めていた鳥居や、横で練習していた工藤と松井の車椅子コンビも不思議そうに崇を見ていた。
「よく面目を失くすって意味で形無しって言うやん?でも俺の言ったのはそれとは違って、基本の型とかで使う型って字の方の型無しや」
1度言葉を切り、皆を見渡した崇。山下に視線を固定すると、こう問い掛けた。
「山ちゃん、正直、、、組技の練習、嫌いやろ?」
「えっ、、いやその、、なんでそない思うん?」
ギクッという擬音が聞こえそうな程にわかりやすく動揺を見せた山下。
「これでも一応は指導者の端くれやからな。皆の得手、不得手や練習内容の好き、嫌いくらいは把握しとるつもりやで」
こちらはフフンと擬音が聞こえそうなドヤ顔である。
「で、さっきの型無しってのは?」
「あぁそれな。格闘技だけやなく、色んな世界で基本となる型ってのが存在するやろ?で、その基本を身につける為に地道な練習を繰り返す訳や、、、そうしてようやく身についた基本を、工夫していつか自分なりにアレンジする時が来る。それを型破りって言うんやけど、、、他の連中に比べたらお前は圧倒的に組技の練習量が少ない。基本が出来てないのに基本の型を破ろうとする行為、、それは型無しって言うんやで」
崇の解説を聞き終えた山下、バツが悪そうに口を開いた。
「そっか、、色々とお見通しやね、、ただ別に組技が嫌いって訳や無くてさ、、、前に鳥やんとやったエキシビション、あれで敗けてから自分は組技の才能無いなって諦めた。そんな感じかな」
言って苦笑いを浮かべる山下。
「ラグナロクで山ちゃんの相手、確か柔道家やったよな?」
崇の問いに山下が苦笑いを浮かべたままで答えた。
「うん、だから組技やらなきゃ、、って焦りがあるのは事実でさ、コマンドサンボの技やったら相手が知らない可能性高いやん?それを更に改良すれば通用するんちゃうかって、、、やっぱ安易よなぁ?」
「ん。安易」
崇が言う。
「安易っ!!」
続いて鳥居と工藤がハモり
「安易っ!!、、、と言ってます」
松井の妻である美佐が申し訳無さそうに告げた。
「み、、美佐ちゃんまで、、、」
肩を落とす山下に向かい
「いやいや!私が言ったんでなく、、」
言いながら慌てて手と首を振り、夫を指差す美佐。
「山ちゃんの気持ちは解る。でも付け焼き刃が通じる程甘くは無いで。それにな、全ての技術を使いこなす必要はあらへんよ。平均的に全てをこなせるより、1つでも突出した物を持ってる方が武器になるもんや。んで山ちゃんはそれを持ってる」
「え、、俺が?」
意外な言葉に驚きながらも、嬉しそうに自らの顔に指を向けている。
「ああ。お前の武器は打撃や。自分では気付いてないかも知れんけど、お前の打撃センスは藤井ちゃんと1、2を争うで。それは鈴本っちゃんや高梨の哲っさんも認めとる。自信持ってええよ」
「本当に上手いと思う、、、と言ってます」
今度はにっこり笑いながら美佐が夫を指差した。
山下が頭を掻く。長く空手をやっていた松井に認められ、まんざらでも無い様子だ
「とにかく今は下手に策を弄するより、長所を伸ばす事を考えればええ。今日から毎日俺が相手したるから、組技からの逃げ方と防御を覚える事や。相手の得意技を封じて自分の得意な打撃で勝つ!これも立派な戦術や」
崇の言葉に力強く頷く山下。
すると鳥居が口を尖らせた。
「ええなぁ山ちゃんだけ、、えこひいきや」
その言葉に乗っかり、工藤が手を叩きながらコールを始めた。
「え・こ・ひ・い・き!あ、それっ!え・こ・ひ・い・き!」
それに合わせて笑顔で手を叩く松井夫婦。
味方を得て気をよくした鳥居も一緒にコールを始める。
「まてまてっ!お前らは放っといても大丈夫やから相手をせんだけやっ!、、せやけど、、、山ちゃんは、、、」
言いながらわざと憐れむ様に山下を見つめた崇。
「そらないわぁ、、福さん、、」
情けない表情でぼやく山下に笑いが起こり、皆がまた良い雰囲気で練習へと戻った。
間も無く12月。大作との半同棲が始まり1年を迎えようとしている優子は、水面下でとある計画を進めていた。