空手ゆえに
出場者、種目、ルール、それらの全てが整ったのは11月半ばだった。
ラグナロク開催が1月末、その事を考えれば遅いくらいだが、これでようやく崇も試合に向けて練習に集中出来る環境となっていた。
とはいえ相変わらず対戦相手は不明のままで、出来上がったポスターやパンフレットにも黒塗りのシルエットと「X」の名が記されているだけである。
崇の引退試合で幕を開けるラグナロク。
その流れはこうだ。
当初からの予定通りメイン会場を半分に分け、リングと畳の試合場を設置。
リングではロストポイント制での総合格闘技の試合と、キックボクシングの試合を行い、畳の試合場においては柔道、柔術、空手の試合が行われる。
そして階下の小体育館では中国武術と伝統派空手の型、いわゆる演武が行われる事となった。
各試合はトーナメント形式では無く全てワンマッチとして行い、各競技から最優秀選手を選出する形となった。
格闘技パラリンピックを銘打つのだから、トーナメントとして上位3名を表彰すべきでは?という声も挙がったが、時間や費用等の諸事情から今回は断念する事となってしまった。
障害を抱えた選手を少しでも多く出場させたいという主催者側の想いから、試合数が増えた事による弊害なのだが、これはこれで良い形だと今は思っている。
総合、キック、柔道、柔術、演武のルールは世界的に普及しているベーシックな物があった為、さして問題なく決まったのだが、難航したのは空手のルールだった。
一口にフルコンタクト空手と呼んでいるが、世界中に多くの団体があり、各団体によってルールは様々である。
その為、どのルールを採用するかで一悶着あった。
道着の掴みや組技、顔面パンチまで認めている団体もあり、どこまでを「空手」として許すのか、、それで揉めたのだ。
しかし勇神館の長、柴田 勝の言葉がこの論争に終止符を打った。
「組技を使いたい選手は総合に出ればええし、顔面パンチを使いたいならばキックにエントリーすればええと思います。確かに本来の空手とは何でも有りの総合武術ですが、一般の方々のイメージにある空手らしい空手の姿を見て貰いたい、、、そう思ってます。ですから掴み、組技、顔面パンチは禁止にすべきです」
確かに柴田の言う通りである。
組技を使える空手家ならば総合で闘えるし、空手に顔面パンチを導入すればキックに限りなく近い物となる。
厳密に言うならば別物なのだが、武の知識に疎い一般の人には同じ様に見えてしまうのは確かだ。
そんな訳で世界初の直接打撃制ルールを導入した空手団体、極真空手のルールで行う事に決定した。
いよいよ目前に迫ったラグナロク。
障害の部の面々も練習に力が入る。
崇の特別講習の影響から、皆がコマンドサンボの技術を取り込もうと創意工夫している姿が目につく様になっていた。
そんな中、崇は山下の動きを目で追う。
そして一言言い放った
「山ちゃん、、お前のそれは(型無し)やわ、、、」