コカトリス
「遅くなってもうたな、、、親父さんに怒られへんか?」
尋ねた崇は己の身体を抱いていた。
直ぐに戻るという油断から、エミの店に上着を置いて出て来てしまったのだ。
酔いざめも手伝い、予想以上の寒さに襲われ後悔していた。
「言ってあるから大丈夫」
「そっか」
崇の歯がカチカチと音を鳴らす。
そんな崇の目の前に藤井の手がニュッと現れた。
その手にはマフラーが握られている。
自分が巻いていたのを崇へと差し出したのだった。
白と黒のストライプ、シンプルなデザインながら、それは手編みの物らしかった。
「着くまでそれ使って、、、」
「えっ?」
「寒そうやから、、、」
(いやいや、ええよ)と言うつもりが、それは途中で藤井に遮られる。
「いいから使って」
崇の言葉を塞ぎながら、マフラーを握った手を更にグイと押し出す。
躊躇いながらもそれを受け取った崇。
「あ、、ありがとな、、」
礼を述べるとそれを巻いてみる。
思い込みだろうが、首を暖めた事で瞬時に寒さが和らいだ気がした。
「それ、、、ママが編んでくれた、、、」
はにかみながら藤井が言う。
「え、、そんな大事なもんやったら、、」
慌ててそれをほどこうとする崇だが、藤井の声がそれを制した。
「いいからっ!」
思いの外、強い語気に崇が思わずその手を止めた。
そんな崇を藤井が真顔で見つめている。
そしてその口から出た言葉は、崇を瞬時に石化させた。
「ねぇ福さん、、ママの事、、どう想ってる?」
ステータス異常を喫した崇は動く事も話す事も出来ない、、
ただただ立ち尽くし、目の前の少年を見つめる事しか出来ずにいた。
その目に藤井の姿は、相手を石化させる伝説の怪鳥コカトリスの様に映る。
動けない崇を藤井のクリティカルヒットが容赦なく襲う。
「僕思うんやけど、、、ママ、、福さんの事、、好きなんじゃないかっ、、、て、、」
思いがけない台詞に電流が走る
「え、、そんな訳無、、」
ようやく吐き出した言葉だったが、それは又も遮られれる事となった。
「そのマフラー!!、、、そのマフラー、僕には少し長い、、、福さんにはどう?」
言われてみれば確かに大人用らしく、長さはピッタリだった。しかし崇はそれを認める事も告げる事も躊躇っていた。
それを見透かす様に藤井は言う。
「ピッタリだよね?ママ、、、2本のマフラーくれたんやけど、、1本は僕にもピッタリだった。だからそっちが長いのが不思議で、、考えてみた。で、思ったの、、本当は福さんに編んだんやけど、渡せずに、、、って事じゃないかって」
「んな訳無いやん、考え過ぎやって!あっ、そうやっ!!こっちは親父さんの分で、親子でお揃いって事ちゃうん?」
「デザイン違うからお揃いじゃないよ、、それにパパとは会った事も無い、、そんな人に編む訳無いし、、、」
ヘッポコ探偵の推理をバッサリ斬り捨てる少年探偵みたく、その口調は冷たい、、、
「あ、そう、、、あっ!なら成長期やから大きくなった時の為に長いのを、、」
言いながら自分でも的を射ていない事が解る。
「福さん」
静かに放った藤井。
名を呼ぶだけのその一言に、色々な物が込められているのを悟った崇、、いい歳して茶を濁す自分が恥ずかしくなったらしく、覚悟を示すように深く息を吐く。
腰を屈め目線を合わすと
「わかった。ここからは男同士、、お前を1人の大人の男と見なして話す、、、ええな?」
いつもと変わらぬ濁り無い眼差しで藤井が頷く。
崇は思う。
自分にもこんな時があった、、そしていつから自分は汚れたのだろう、、、と。
お花畑の住人であるまいし、それが大人になるという事なのは理解しているが、それでも少し羨ましく思ったりする。
話すにあたり、ファミレスでも入ろうかとも思ったが、時間も時間だし長引いてもいけない。
カイロ代わりにホットの缶コーヒーとミルクティーを買い、ミルクティーを藤井に手渡すと目に入ったバス停のベンチに腰掛けた。
とうに最終便の出たバス停に座す、オッサンと中学生、、、
警官にでも見られたら色々とややこしい事になりそうだが、端からどう見られようが、今は大人の男同士。
その約束の元で本心を語る決意をした崇。
そしてこの頃には酔いは完全に醒めていた、、、