下?上?上!!
グングニルの更衣室。
他のスタッフに紛れ着替える崇の姿があった。
これ迄は身体中にある刺青を見られぬ様にと、トレーニングウェアを着て出退勤する事が多かったのだが、皆に過去を話した今となっては隠す必要も無くなり、ジムに着いてから着替える様になった。
しかしこの日の崇はいつもと違っていた。
トレーニングウェアでは無く、道着に身を包んだのだ。
手には帯で束ねた道着が別にもう一式持たれており、足にはシューズを履いておらず、素足に装具を着けているのが剥き出しとなっている。
そしてその足の甲には、もう1つ目に映える物があり、大作が誰よりも早くそれに気付いた。
「福さん、、、それ、、、」
低く落とされた大作の視線を自らも追う崇。
「あぁ、、、これな、、、」
見つかったかとばかり、バツが悪そうに頭を掻くと
「辞めるって決めた時に自分で彫ったんや」
そう言って右足の甲を大作の方へと軽く傾ける。
そこにはグングニルのエンブレムである、三ツ又の穂先がその存在を誇示していた。
「あっ!自分だけずるいっ!!」
叫びながらも子供みたく目を輝かせる大作を見て、崇は次に大作が言うであろう台詞までも予想が出来た。
「俺も入れるっ!!」
(ほら、、やっぱり、、、)
あまりに予想通り過ぎて笑いそうになる。
それと同時に次の展開までもが目に浮かんだ。
そしてそれは数分後に現実の事となる。
更衣室を出てからも尚、俺も入れると言い続けている大作。
「わかった、わかった、、、近々彫ったるから、、、」
根負けした様に崇が言うと、不意に背後から声が掛かった。
「なんの話?」
予想通りに登場人物が増え、予想通りに発展していく。
即ちこんな流れである。
大作が騒ぐ→優子が話に加わる→大作が事情を説明する
→優子も騒ぐ、、、
「あ~っ!!ずるいずるいずるいっ!!私も入れるっ!!」
どんどん似てくる大作と優子に頭を抱えそうになるが、ここまで予想が的中すると
(俺、冴えてる♪)
と逆に気分が良くなってきていたりする。
直ぐ脇で「俺も入れる」「私も入れる」と未だ騒ぐ2人の声、それによりようやく我に返った崇。
このままでは埒があかないと危機感を覚え
「わかったから少し落ち着けって、ちゃんと彫ったるから、、、でもその話は後や、とりあえず先ずは練習させてくれ」
そう言って2人を宥める。
素っ気ない言葉に唇を尖らせた2人だが、思い出したように大作が口を開いた。
「それはそうと、福さん、、、なんで道着なん?」
(え、、、今更、、、?)
「ほんまやっ!気付かんかった!!」
(眼科行ってこい、、、)
そんな心の声を出す事はせず、淡々と理由を答える崇。
「今日から毎日、日替わりで障害の部のメンバーとスパーリングするつもりやねん。皆にコマンドサンボの技術を経験させたくてな。だから相手用の道着も用意して来とるんや」
手にしたもう一組の道着を見せ
「そんな訳で忙しいから墨の件はまた後でな、、アデュ!」
そう言うと、おどけた顔で敬礼するように手を挙げ、そそくさと背を向けた。
その背へと下唇を突き出し、親指を下に向け、無言のブーイングを浴びせる2人。
すると崇が突然振り返った。
目にも停まらぬ速度で2人の親指は上向きに変わり、突き出ていた下唇は口笛を鳴らしている。
「???」
当然何を賞賛されているのかが理解出来ず、崇は首を傾げたが、、、
(ま、いっか)
と、無理矢理に自分を納得させると
「墨、、、彫り代は要らん。その代わり近々エミさんの店でしこたま飲ませろっ、、ええなっ!?」
そう言って笑った崇が再び背を向けた。
2人はきょとんとしてその言葉を受け取ったが、互いに顔を見合わせると、親指を上向きに立てたまま笑顔でその背を見送った。