真実は悪意と共に
15年以上も前の事とはいえ、これが記事になる事で組織としての清廉性に少なからず影響が及ぶのは間違いない。
今、崇が謝罪の態勢にあるのは、その責の重さを自覚しての事。更にその上で皆に要望を伝える事の心苦しさ、、、
その表れである。
正座をし、両の拳をつき、軽く頭を下げているが目線は床に非ず、真っ直ぐ皆の方を向いている。
そこには土下座の様な悲壮感や惨めさは無く、覚悟を決めた武士の様である種の様式美すら感じさせる。
「ラグナロクを目前にしたこの時期に、、、ほんまに申し訳なく思ってる、、、
今回の事でジムに通うんを反対する御家族も出て来るかも知れん、、、その時は俺が親御さんと直接話して、必ず説得する、、、こんな頭でよけりゃなんぼでも下げるから、、、
だから、、、どうかジムだけは辞めんで欲しい、、、
頼んますっ!!」
ここまで言うと、初めて額を床へと触れさせた崇。
しかし触れたはずの床は、直ぐに遠ざかる事となった。
突然何かの強い力に引かれたのだ。
驚いて振り向くと、道着の後ろ襟を掴んでいる手が見える。
その手から腕へ、腕から顔へと視線を這わせその姿を確認する崇。
それは直ぐ隣に立っていた新木だった。
「まったく、、、大作といい鈴本といい、ここの連中は土下座が好きやのぅ、、、」
元々イカツイ顔を更に険しくしながら新木が言う。
「兄弟、、、」
思わず崇は呟いた。
「土下座なんざ軽々しくするもんちゃうし、そもそも兄弟のそんな姿、ここにおる人間は誰も望んでへんで」
「兄弟、、、解っとるんやけどな、、、それでも1つのけじめとして、、、」
そう話す崇を新木が遮る。
「けじめのつけ方を間違えとるで!ほんまにけじめつけたいなら、ちゃんとラグナロクを成功させて良い形で引退する事っ!!
確かに親御さんからのクレームはあるかも知れん、、、でもこんな事でジムを去る奴はおらへん、、、少なくとも俺はそう信じとるよ。
せやから兄弟もいらん気を回さんと、ラグナロクの事、引退試合の事に集中したらええっ!!」
ニコリと笑う新木だが、その笑顔までもがイカツイ。
そのイカツイ笑顔から、思わず皆の方へと視線を逃がす。
すると皆が笑っていた、、、いや、、声に出して笑っている
者まで多数目につく。
崇はその理由を知っていた、、、そして徐に口を開く。
「なぁ、、、兄弟、、、」
その刹那、新木の顔が再び険しい物となり
「なんや、まだ何か言うつもりかっ!?」
冗談めかして凄んで見せる。
「いや、そうやなくてやな、、、」
言いにくそうな崇に
「なんやねんなっ!?」
と新木が焦れる。
「そろそろ、これ、放してくれんやろか?」
そう言って自分の後ろ襟を指差す崇。
ようやく自分が未だ崇の道着を掴んだままの事に気付いた新木
「あ、、、」
一言だけ発すると、分厚いその掌をそっと開いた。
運ばれる仔猫の様な態勢からようやく解放された崇、新木に冷やかな視線を投げる。
「あ、、、やないわっ!!バカチンがっ!!」
「すまん、、、兄弟、、、」
立場逆転である。
ゴツい体を小さくして、上目遣いで詫びる新木。
皆がそのやり取りを笑いながら見ている。
「まあ、でも、、、」
崇は1度鼻から息を吐き
「とりあえず、、、ありがとうな兄弟」
そう続け拳を差し出す。
照れ臭そうに鼻を掻いた新木
「応よ、、、」
無骨に呟くと自分の拳を合わせ答えて見せた。
立ち上がった崇は、改まって皆に向き直ると
「突然やのに集まってくれてありがとうな、なんか1人テンパッてもうたみたいやわ、、、でももう四の五の言わんで皆を信じるから!だから、ラグナロク成功させよなっ!!」
そう言って軽く、、、本当に軽く頭を下げた。
全員が拍手でそれに応えている。
ラグナロクは障害の部の者しか出番は無いのだが、グングニルの団体としての目標であり悲願、、、そう捉えている為、一般の部のメンバーも同じ想いで手を叩いてくれている様だった。
そして2日後の「神スポ」にその記事は載っていた。
(今の姿は偽善か償いか?とある指導者の黒い過去!!)
そんな見出しが目を引き、そこそこのスペースを取って事細かに崇の過去が記されている。勿論、崇本人が話した事としてである。
そして最後は悪意を以てこう締められていた。
「過去の事とはいえ、武の道を指導する者にあるまじき蛮勇では無いだろうか?そして今の彼と過去の彼、、、どちらが本当の姿なのだろう、、、」
しかしである、中岡の目論み通りに事は運ばなかった。
ジムを去る者はおろか、身内からのクレームすら1件も出なかったのだ。
それどころか罰金を払った時点で禊の終わってる、個人の過去を暴く様な記事に非難が集まったのだ。
その事がきっかけとなり、神戸スポーツ新聞社から正式に謝罪があった。その上ラグナロクの協賛企業となる事も約束してくれた。
こうして中岡のリベンジは失敗に終わり、崇はラグナロクへ向けて集中出来る日々を取り戻したのである。
もうラグナロク迄、残り4ヶ月を切っていた、、、