初犯
ついに真意を語った中岡に呆れ顔の崇が言う。
「なるほどね、、、案の定下らない理由やな。でも俺が前科者って事が記事になったところで痛くも痒くも無いよ。真実やから隠すつもりも無いし」
確かにグングニルでは大作と優子、そして兄弟分である新木の3人しか知らない事だが、それはあえて皆に話して無いだけである。
「昔はヤンチャしててさ、、、」
なんて事を自分から言い出す、ダサいオッサンにはなりたくないし、何より土田が命を落とした件もある、、、そんな重い話を軽々しく話すべきでは無いと思っている。
しかし中岡も退かない。
「フム、、アンタは痛くも痒くも無いかも知れんけど、グングニルにとってはどないやろな?」
「どういう意味や?」
大作が反応した。
「指導者が前科者って問題あると思うんやけどなぁ」
当然でしょ?という表情の中岡に、大作がムキになって声を荒げる。
「俺はそれを承知で手伝って貰ってんねんっ!社内の人事を部外者のオッサンにとやかく言われたぁ無いわっ!!」
フフンと鼻で嗤う中岡、小刻みに顔を横に振ると
「青いのぅ、、、これが記事になったとして、アンタや本人、他のスタッフは何んとも無くても、会員はどないやろなぁ?どうやら学生さんらしき会員も居るみたいやけど、親御さんはどう思うやろか?格闘技ジムの指導者が傷害罪でパクられとる、、、それも3回や。そんな所に安心して大事な子供を預けれる思うか?」
オフレコなのを良い事に、中岡の口調は前回のそれと同じく、脅迫じみた物となっている。
結局はそういう事か、、、
悟った崇の横では歯を噛み、青筋を浮かせた大作が黙って中岡を睨んでいた。
「まぁ、とにかく俺はその事実から逃げるつもりは無いんやし、そろそろ正式に取材を続けような」
崇が2つのレコーダーを再び録音に切り替える。
舌を打つ中岡に崇は詳細を話し始めた。
1度目は20歳になって直ぐ、湊川の市営駐車場での事だった。
トイレに入った所をカツアゲ目的の2人組に絡まれたのだ。
入口を塞ぐ形の2人組と、洗面台を背にした崇。
逃げる事の難しい状況で事は起こった。
怯ませる目的だろうか、相手の1人はツカツカと崇に近づくと、軽くピシャピシャと崇の頬を張りながら
「お兄ちゃ~ん、少し助けてくんない?」
と甘い声を出して来た。
されるがまま無言で睨む崇に一瞬怯んだ男だったが、2人という優位性もあり直ぐに凶暴な表情へと変わる。
「聞いとんかいコラッ!!」
先の甘い声とはうって変わり、怒鳴り声を響かせた。
威圧的に近づけるその顔を、正面から脇に抱え込んだ崇は、そのままプロレス技のDDTの要領で後ろへと倒れ込んだ。
そして立ち上がったのは崇だけだった。
絡んで来た男は顔を押さえ踞っている。
崇の技により、背後の洗面台へと顔面を叩きつけられたのだ。それも全体重を掛けられて、、、ひとたまりも無い。
咄嗟の事にもう1人の男は動く事すら出来ず、呆気に取られ立ち尽くしている。
そちらへ向き直った崇が獰猛な笑みを浮かべて見せると、情けない事に踞る仲間を見捨てて1人走って逃げてしまった。
崇はしゃがみ込み、残された男に皮肉った。
「ええ友達持って幸せやのぅ」
怯えた表情で頷くその顔からは、血の気と前歯が3本消えていた。
この後、車に乗って帰った崇だが、これがマズかった。
逃げたと思っていたもう1人の男が、隠れてそれを見ていたのである。
車種とナンバーを通報され、その日の内に家へと警官がやって来た。
カツアゲをしてきた分際で通報するとは、不良の風上にも置けないが、事情聴取の末に状況が判明すると相手の2人も敢えなく捕まった。
1度目に捕まった時の話を終えた所で、大作がある疑問を口にした。
「それって正当防衛ちゃうのん?」
「と、思うやろ?ところが今の日本で正当防衛を成立させるんは難しい、、、大概は過剰防衛にされてまうねん。当時の俺も正当防衛を主張したんやけどな、、、アカンかったわ」
納得いかない様子の大作に中岡が言う。
「逃げん方が悪いっちゅう事っちゃ」
「でも入口塞がれとったんやろ?」
食い下がる大作。
「突き飛ばしてでも逃げぇって事や。ましてや1人を倒す余裕があった訳やからな、、、それなら逃げれたはずやろ?って見解やろな」
中岡の解説でも納得していない大作、腕を組み、鼻は膨らみ、唇も尖っている。
子供の様なその姿に苦笑した崇だったが、中岡に向き直ると
「これが初犯、、、さっき言ったように略式起訴で30万の罰金刑でした」
そう告げ、そのまま2度目の事を話し始めた。