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格パラ  作者: 福島崇史
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あの件以来、、

その日の障害の部、ジムが閉まるラスト迄残っていたのは、山下と鳥居だけだった。

いつもなら一緒に帰る2人だが、鳥居は寄る所があるらしく

「ほなまた明日な」

と言い残し先に出て行った。

少し寂しくもあったが、それ以上にホッとしている山下。

今は痛みが和らいでいるが、またいつあの痛みが襲って来るかわからない、、


痛みに周期などは無く突然訪れる。

1日中続く事もあれば、直ぐに治まる事もある。全く痛まない日もあり、対処のしようが無い。

電流が走る様な感覚と、何かで圧し潰される様な感覚、、

それらが入り雑じった激痛、それがいつ来るかと思うと不安でならなかった。

ジムや職場ならばトイレに逃げ込み誤魔化す事も出来るが、鳥居と2人の帰り道では逃げ場も無い。

優しいあの男の事だ、この事を知れば自分の事の様に苦しみを共有するだろう、、そう思うとやはり打ち明ける事は出来なかった。


市販の鎮痛剤なども試したが、姿無き部位の痛みに効くはずも無く、気休めにすらならなかった。

溜め息混じりに着替えを済ませた山下は、脱いだ練習着と一緒に、陰鬱な想いもバッグに詰め込みジムを後にした。

ジムを出て大開通りを西へと進む。

自宅は高速長田駅の近くで、歩いても20分程度の距離。


10分程も歩いた所で、背後から声を掛けられた。

「ようっ!お疲れっ!」

普通より低い位置から聞こえるその声。

振り返ると声の主は車イスに座していた。

その男、、工藤がジムを出たのは自分より30分も前である。家も逆方向だし、こんな場所で会うのは不自然と言えた。

少し前の事だが、自分はこの男を殴り倒している。それも皆の目の前で、、まさか今更ながら仕返し?

そんな事が頭を過る。


「偶然、、て事は無いよな?」

警戒心まる出しの顔で問う山下に

「そんな目で見んなって、、まぁ御察しの通り偶然では無いけどな、、」

苦笑いを浮かべながら工藤が答えた。

未だ窺う様な顔を向ける山下に、工藤は意外な事を口にする

「なぁ、、腹減ってへんか?」

「、、へ?」

予想外の言葉に間の抜けた声を返す山下。

戸惑う彼を他所に工藤がマイペースに続ける。

「驚かせたお詫びに奢るからよ、そこ付き合えな?」

そう言って反対車線方向に親指を立てた。

その延長線上を目で辿ると、有名チェーンの牛丼屋が見える。


ちょうど横断歩道が青に変わり、考える間も与えず工藤が車イスを走らせた。

「ほら、早よ来な赤になるど!」

太い腕で車輪を回しながら、振り向きもせず叫ぶ工藤、、

何が目的かは解らないが、、、確かに腹は減っている。

山下は首を傾げながらも、小走りで後を追いかけた。


店に入り、空いているテーブル席を見つけると、山下が椅子を1つ退けて車イスが入れるスペースを作る。

「おぉ、、ありがとな、、」

恐縮する工藤に山下は

「気にすんな、、」

それだけをぶっきらぼうに答えた。


「さあっ!オッチャンがご馳走するさかい、好きなもん頼みぃ♪」

まるで親戚の叔父さんの様な口振りで、得意気に胸を叩く。

「オッチャンて、、俺の方が年上やろが、、」

山下がとんと呆れた顔を返す。

「あ、、まぁ、、細かい事はええがな。それより何食うか決めたか?」

訊きながら工藤が、呼び出しボタンの上に手を翳している。

「あぁ、牛あいがけカレーの大盛、遠慮無く頂くわ」

山下が答えるや否や、早押しクイズかの様な勢いでボタンを叩く工藤。


呼び出し音につられてやって来た店員に

「牛あいがけカレー大盛2つ!」

わざとらしい程に明るく注文を入れる工藤。

それは直ぐにテーブルへと届けられ、他愛無い会話を交わす2人の胃袋へと収められた。

会計を済ませ店を出ると

「美味かったわ、ごっそさんっ!」

そう言って山下が笑顔を向ける。

「初めてやな、、」

その言葉の意味が解らず、山下が首を傾げた。

「いや、、あの件以来、お前が俺に笑顔見せたんは今が初めてやと思ってな、、」


あの件、、山下が工藤を殴り倒した時の事である。

「その、、あの時は悪かったな、、」

山下が気恥ずかしそうに耳裏を掻く。

「アホか、お前は悪無いやろが、、それにお前が謝ったら俺もまた謝らなあかん様になる、、だから謝んなって」

工藤が鼻で笑い、山下も笑いながら頷いた。


2人で並び、暫し無言で歩く。

高速長田駅の前、長田神社商店街の入り口に着き、大鳥居の下で山下が口を開いた。

「で、、ほんまの用件は何んや?」

「ん?いや、、ただ親交を深めようとやな、、」

「工藤、、用件は何んや?」

ちゃらける工藤の言葉を遮り、真顔を向けて再び問う。

「かぁ~っ、、忙しない奴っちゃなぁ、、」

そう言って溜め息をつくと

「ここじゃ何んやし、長田神社行こうや」

今度は真顔で工藤も答えた。

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