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格パラ  作者: 福島崇史
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ファントム・ペイン

朝晩の肌寒さと日中の暖かさ。

その温度差に悩まされ、行き交う人々の服装もバラバラ、、そんな10月初旬、グングニルの面々はようやく灼熱地獄から解放されていた。

9月一杯、ジム内は信じられない程に暑く、ここが日本なのか疑わしくなる程だったが、動くのが苦にならない温度となった今、茹だって動けないメンバーの姿は見当たらなくなっている。


特に障害の部はラグナロクが近づいてる事もあり、その活性化は一目瞭然だった。

中でも崇は忙しい日々を過ごしている。

1ヶ月間の一般公募を締め切り、これから選考作業が待っているのだ。

145名と少ない応募数だったが、種目ごとに分けて合計20名程に出場してもらう事になる。中には遠方からの応募もあり、内心は全員に出場の機会を与えたいのだが、そうも言っていられない、、

そしてそれが決まれば対戦の組み合わせやルール調整だ。


ラグナロクが1月末の開催、、となると出場者の準備期間を考慮して早く選考を終え、10月末には出場決定の連絡を入れなくてはならない、、時間の余裕はあまり無かった。

それに加えて崇は第1試合に出場するのだ。

皆の先陣を切ってリングに立つ、、その責は大きく、重圧に負けぬ様にと毎日体を苛めているが、運営と選手の両立は中々に厳しく、心にも身体にも疲労が蓄積していた。


他のメンバーはというと、変わった者、変わらぬ者、様々である。

自信を取り戻した鳥居は、不動のリーダーとして皆を率いていた。しかし決して偉ぶる事や指図する事は無く、自ら動いて見せて、その背を見て皆が信頼し着いて行っている。


吉川と藤井は相変わらず仲が良く、トレーニングの際にお互いを励まし合う姿が微笑ましい。

ただ、吉川がグングニルの正社員となった事で、ジムに顔を出せない日も増え、藤井は少々寂しそうではあるが弱音を吐く事は無く、1人でも黙々とトレーニングをこなしていた。

自他共に認めるように強く成長しているのがわかる。


問題児だった新参者の工藤。

皮肉屋なのは今も変わらず、たまに周囲を苛つかせるが、皆もこれが彼のキャラなのだと、少しの理解と大きな諦めを見せている。

そして車イス利用者同士、松井と一緒に練習する事が増え、意外というか必然というべきか、プライベートでも仲良くなっていた。何より皆を驚かせたのは、松井と会話する為にと短期間で手話をマスターした事だった。

今では美佐の通訳も必要とせず、互いに冗談を言い合える迄に上達している。

そんなグングニルの仲間を見ながら、写真立ての中で室田が微笑んでいた。


そんな中、山下の様子だけがおかしい。

その異変に気付いたのは練習のパートナーを務める鳥居、それとかつて山下に殴り倒された男、、工藤だった。

山下が急に動きを止め、痛む様に顔を歪める。障害部位である右腕に目をやりながら、、鳥居と工藤はそんな場面を度々目にしていた。


最初2人は声を掛けるべきか迷っていた。

痛むのが障害部位なだけに、デリケートな事の様に感じたのだ。自分ならば触れて欲しくは無い、、

しかし山下のそれはやはり異常だった。スパーリングで打撃が当たったとか、どこかにぶつけたのなら話は解る。

だが、エアロバイクを漕いでいる時や、談笑してる最中でも突然痛みが襲うらしく、急に顔色が変わり脂汗を浮かべるのだ。

そんな時、山下は決まって

「ちょっとトイレ」

と姿を隠してしまう。

この日もそうだった、山下がトイレに消えるのを黙って見送る鳥居。そこへ見かねた工藤が声を掛けた。


「オイ、、アイツ大丈夫なんか?最近様子が変なんは、、、お前も気付いとるんやろ?」


「ああ、、でも、、どう声を掛けてええんかわからんでな、、かと言って自分からは話してくれんやろし、、」

そう言って助言を求める様に視線を返す鳥居。


「確かにな、、触れにくい事やからな。わかった、、俺が訊いてみるわ。お前はアイツと仲ええけど、それだけに訊かれへんのも解る。それに、、こういう汚れ仕事は嫌われ者の俺にこそふさわしい、、やろ?」

冗談と得意の皮肉を織り交ぜウインクする工藤。


「いや、、でも、、」

何かを言いかけた鳥居を手で制し

「わかっとるよ、、皆には気付かれん様にするから心配すんな」

そう言うと車イスを器用に操り、練習へと戻って行った。



その頃トイレでは山下が己の右腕を睨んでいた。

いや、正確には右腕ではなく、そこには無いはずの右手首をである。

そう、痛むのは右腕なんかではなく、失った右手首が痛むのだ。

そこに無いくせに疼痛をもたらし自己主張をする蜃気楼の様な右手首、、

必要な事は出来ないくせに、不必要な痛みだけを与えてくれる、、そんな右手首が疎ましく、出来る事ならもう1度切り落としたくなる。


この症状は最近になって出始めた物だった、、

最初、自分の頭がおかしくなったのかと思った、、

無いはずの右手首が痛むなんて、信用される訳が無い、、

そう思い病院にも行けなかった。

しかし気になりネットで調べたら、部位欠損した人間の多くが経験する症状である事を知った。

これは「幻肢痛(げんしつう)」であり、通称「ファントム・ペイン」と呼ばれている事も、、

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