表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
格パラ  作者: 福島崇史
108/169

勝負あり

「まっ、話はこれで終まいや。記事の掲載は3日後の予定やし、明日もっかい寄らせてもらうさかい、それまでにどうするか、、ゆっくり考えて答えを出してんか」

そう言ってよっこらと立ち上がった中岡。

「まぁ待ちぃな」

声の主は大作である。

背を向けかけていた中岡の足が止まり

(まだ何か?)

とばかりに首を傾げた。


「2回も御足労かけるんは悪いでな、答えならもう出てるし、明日来てもらう必要はあらへんよ」

中岡は大作の言葉に感心した様子で、声には出さずともその口は「ほぅ、、」と言っている。

「そら助かるわ!流石は社長さん仕事が早いな。なら、その答えとやら聞かせてもらおかっ!」

再びソファに身を沈めた中岡は、テーブル寄りに身を乗り出すと、歪み緩んだその唇をペロリと1つ舐めて見せた。


やっと餌にありつけた野良犬の様なその佇まい、、それを見て大作はニコリと笑うと、その笑顔のままでこう言った。

「耳かっぽじってよう聞けよ三下(さんした)お前みたいなクズに渡す金なんざぁ1円もあらへん。聞こえた?聞こえたならお引き取り願おか」

手をドアの方に向け退室を促す。

軽く傾いたその顔は、まだ先の笑顔のままだ。


表情が消え、一瞬怖い目をした中岡だったが、1度大きく息を吐くと、呆れた様に何度も首を振った。

「拳ばっかり奮ってるだけあって、あんまりお利口では無いみたいやなぁ、、アンタ正気か?昔から言うやろ、ペンは剣より強し、や。まぁアンタの場合やと剣やなくて拳やな、、ワシのペン1つでアンタや仲間の悲願とやらが消し飛ぶんやで、、解っとんか?」


大作に向けた人差し指を振りながら中岡が唾を飛ばす。

しかしろくすっぽ聞いていない様子の大作、ポケットから何やら取り出すと、テーブル下で何やらゴソゴソしている。

気になった崇が目をやる。

そして大作が持つそれを目にした瞬間、驚きとも感嘆とも取れる微妙な呻きを上げてしまった。


2人の様子に怪訝な目を向ける中岡、、すると突然

(悪い!!ガム捨てたいねんけど、ごみ箱どこかいな?)

くぐもった中岡の声が響いた。

(テーブルの下やけど、、そのまま捨てんなよ、、)

その後に大作の声が続く。

「うん、よう録れてるわ」

満足そうに呟く大作が、ポカンと口を開け動きの止まった中岡の前へとそれを突き出した。


水戸黄門の印籠みたく突き出されたそれからは、この部屋で交わされた会話が、一字一句の狂いも無く

繰り返されている。

インタビューの開始前、1度事務所へと姿を消した大作は、ポケットにボイスレコーダーを忍ばせて戻って来たのだった。

「アンタがメモ帳しか出さへんの見て、何となく嫌な予感がしてな。保険としてポケットに入れといたんや」

そう言うとレコーダーの再生を切り、再びポケットにしまい込んだ。


「形勢逆転、、やな。どうする?仮にアンタがそのまま記事を書いても、これがあったら否定出来るだけの立派な証拠や。いや、、それどころかアンタが脅迫した証拠にもなるっちゅう事や、、」

崇が凄むと

「ワシを脅すんかいな、、何が望みや?」

先までの自分を棚に上げて、そんな事を口走る中岡

「おいおい、、俺達をアンタみたいな輩と一緒にすんなや。真っ当な記事さえ書いてくれたらそれでええ。ただしこの録音は、今後も保険として消さずに置いとくけどな」

愉しげに言う大作に反し、苦虫を噛む中岡。


しかし溜め息と同時に、その顔からはスッと険が取れ

「勝負あり、、やのぅ。ワシの負けや」

そう言って肩の高さに両手を挙げた。

「お?潔いやん」

「当たり前や、ワシみたいな人間には強者・弱者の見極めと同じくらい、引き際の見極めも大事やさかいな。その辺は心得とるわいな」


そう言うと立ち上がり

「帰ってアンタ達の言う、真っ当な記事っちゅうのを作成でもするわ」

と続けた。

背を向ける瞬間、ニヤリと笑ったのだが、不思議な事にその笑顔は、不快には感じられなかった。


「待てやオッサン、、記事書く言うてもアンタあのメモしか取ってへんのに、、まともに書けるんかいな?」

大作の言葉に立ち止まった中岡、背を向けたままズボンのポケットから何やら取り出す。

(ラグナロク、、日程も決まったみたいやね)

インタビュー冒頭の台詞を吐き出したそれを見ながら

「うん、よう録れてるわ」

と呟いた中岡、笑いながら振り返ると

「ワシも交渉決裂の時の保険に忍ばせとった、、そういう訳や。ほな、、いずれ又会いまひょ」

そう言って手をヒラヒラ振りながらドアから出て行った。

言葉の戦闘は幕を閉じ

「食えぬ男」

最後にその印象を強く残して敗者は消えたのだった。


3日後の神戸スポーツにその記事は載っていた。

質問も回答も事実が真っ当に掲載されている。

そして最後に取材後記として、こう記されていた。


・今回の取材は少々意地悪な内容の物だった。

しかしインタビューの答えを聞く内に感じる事が出来た、、障害を抱えながらも彼等は信念を持っているという事を。

これは筆者の想像でしかないが、恐らくこれ迄、人と違うという事で差別も受けただろう、、好奇の視線も受けてきただろう、、

しかし今、そんな自分に鞭を打ち、己を奮い立たせ、自ら他者の、、それも大多数の視線の前に立つ事を選んだ彼等。誰に言われてやらされているのでは無い。

自ら選んだその事を、他人がどうこう口を挟むべきでは無い、、彼等の信念や悲願、それを阻む権利など誰にも無いのだから。

森羅万象、光と陰はある。今回は陰の部分の取材となってしまったが、次回は光の部分、、眩しく照らされ耀くその姿を取材しよう、、そう心に固く誓った。

(記事・中岡 浩)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ