勝負あり
「まっ、話はこれで終まいや。記事の掲載は3日後の予定やし、明日もっかい寄らせてもらうさかい、それまでにどうするか、、ゆっくり考えて答えを出してんか」
そう言ってよっこらと立ち上がった中岡。
「まぁ待ちぃな」
声の主は大作である。
背を向けかけていた中岡の足が止まり
(まだ何か?)
とばかりに首を傾げた。
「2回も御足労かけるんは悪いでな、答えならもう出てるし、明日来てもらう必要はあらへんよ」
中岡は大作の言葉に感心した様子で、声には出さずともその口は「ほぅ、、」と言っている。
「そら助かるわ!流石は社長さん仕事が早いな。なら、その答えとやら聞かせてもらおかっ!」
再びソファに身を沈めた中岡は、テーブル寄りに身を乗り出すと、歪み緩んだその唇をペロリと1つ舐めて見せた。
やっと餌にありつけた野良犬の様なその佇まい、、それを見て大作はニコリと笑うと、その笑顔のままでこう言った。
「耳かっぽじってよう聞けよ三下お前みたいなクズに渡す金なんざぁ1円もあらへん。聞こえた?聞こえたならお引き取り願おか」
手をドアの方に向け退室を促す。
軽く傾いたその顔は、まだ先の笑顔のままだ。
表情が消え、一瞬怖い目をした中岡だったが、1度大きく息を吐くと、呆れた様に何度も首を振った。
「拳ばっかり奮ってるだけあって、あんまりお利口では無いみたいやなぁ、、アンタ正気か?昔から言うやろ、ペンは剣より強し、や。まぁアンタの場合やと剣やなくて拳やな、、ワシのペン1つでアンタや仲間の悲願とやらが消し飛ぶんやで、、解っとんか?」
大作に向けた人差し指を振りながら中岡が唾を飛ばす。
しかしろくすっぽ聞いていない様子の大作、ポケットから何やら取り出すと、テーブル下で何やらゴソゴソしている。
気になった崇が目をやる。
そして大作が持つそれを目にした瞬間、驚きとも感嘆とも取れる微妙な呻きを上げてしまった。
2人の様子に怪訝な目を向ける中岡、、すると突然
(悪い!!ガム捨てたいねんけど、ごみ箱どこかいな?)
くぐもった中岡の声が響いた。
(テーブルの下やけど、、そのまま捨てんなよ、、)
その後に大作の声が続く。
「うん、よう録れてるわ」
満足そうに呟く大作が、ポカンと口を開け動きの止まった中岡の前へとそれを突き出した。
水戸黄門の印籠みたく突き出されたそれからは、この部屋で交わされた会話が、一字一句の狂いも無く
繰り返されている。
インタビューの開始前、1度事務所へと姿を消した大作は、ポケットにボイスレコーダーを忍ばせて戻って来たのだった。
「アンタがメモ帳しか出さへんの見て、何となく嫌な予感がしてな。保険としてポケットに入れといたんや」
そう言うとレコーダーの再生を切り、再びポケットにしまい込んだ。
「形勢逆転、、やな。どうする?仮にアンタがそのまま記事を書いても、これがあったら否定出来るだけの立派な証拠や。いや、、それどころかアンタが脅迫した証拠にもなるっちゅう事や、、」
崇が凄むと
「ワシを脅すんかいな、、何が望みや?」
先までの自分を棚に上げて、そんな事を口走る中岡
「おいおい、、俺達をアンタみたいな輩と一緒にすんなや。真っ当な記事さえ書いてくれたらそれでええ。ただしこの録音は、今後も保険として消さずに置いとくけどな」
愉しげに言う大作に反し、苦虫を噛む中岡。
しかし溜め息と同時に、その顔からはスッと険が取れ
「勝負あり、、やのぅ。ワシの負けや」
そう言って肩の高さに両手を挙げた。
「お?潔いやん」
「当たり前や、ワシみたいな人間には強者・弱者の見極めと同じくらい、引き際の見極めも大事やさかいな。その辺は心得とるわいな」
そう言うと立ち上がり
「帰ってアンタ達の言う、真っ当な記事っちゅうのを作成でもするわ」
と続けた。
背を向ける瞬間、ニヤリと笑ったのだが、不思議な事にその笑顔は、不快には感じられなかった。
「待てやオッサン、、記事書く言うてもアンタあのメモしか取ってへんのに、、まともに書けるんかいな?」
大作の言葉に立ち止まった中岡、背を向けたままズボンのポケットから何やら取り出す。
(ラグナロク、、日程も決まったみたいやね)
インタビュー冒頭の台詞を吐き出したそれを見ながら
「うん、よう録れてるわ」
と呟いた中岡、笑いながら振り返ると
「ワシも交渉決裂の時の保険に忍ばせとった、、そういう訳や。ほな、、いずれ又会いまひょ」
そう言って手をヒラヒラ振りながらドアから出て行った。
言葉の戦闘は幕を閉じ
「食えぬ男」
最後にその印象を強く残して敗者は消えたのだった。
3日後の神戸スポーツにその記事は載っていた。
質問も回答も事実が真っ当に掲載されている。
そして最後に取材後記として、こう記されていた。
・今回の取材は少々意地悪な内容の物だった。
しかしインタビューの答えを聞く内に感じる事が出来た、、障害を抱えながらも彼等は信念を持っているという事を。
これは筆者の想像でしかないが、恐らくこれ迄、人と違うという事で差別も受けただろう、、好奇の視線も受けてきただろう、、
しかし今、そんな自分に鞭を打ち、己を奮い立たせ、自ら他者の、、それも大多数の視線の前に立つ事を選んだ彼等。誰に言われてやらされているのでは無い。
自ら選んだその事を、他人がどうこう口を挟むべきでは無い、、彼等の信念や悲願、それを阻む権利など誰にも無いのだから。
森羅万象、光と陰はある。今回は陰の部分の取材となってしまったが、次回は光の部分、、眩しく照らされ耀くその姿を取材しよう、、そう心に固く誓った。
(記事・中岡 浩)