インタビュー
優子と吉川の報せにより崇が雄叫びをあげてから5日後、ついにその日はやってきてしまった。
格闘技プレスのインタビュー当日である。
場所はグングニルジム。
記者が来るのは13時の予定で、まだ1時間近くあるのだが、崇は既に緊張の色が濃い。
インタビュー内容と同時に、写真も掲載されるらしく、先方からの要望でグングニルのユニフォームに着替えて待つ崇。
スポンサーのロゴとグングニルのロゴ、それぞれのワッペンが縫い付けられた黒の道着。
それを着込んだ崇がうろうろと落ち着き無くジム内を歩き回っている。
見かねた大作が、しかめっ面とも笑顔とも取れる微妙な表情で声を掛けた。
「ちょ、、福さん、、少しは落ち着きぃな、、」
振り返った崇の顔は心なしか青ざめ、その表情は悲愴感に満ち充ちている。
「、、無理、、」
崇の一言に
「子供かっ!!」
大作が突っ込む
「大体さぁ、、なんで俺なん?発案者のお前にインタビューするのが筋やと思うんやけど、、」
そう言って恨めしそうな目を向ける崇だが、その視線を軽く受け流した大作は
「そんなん言うてもしゃあないやん。なんたって先方様のご指名やねんからさっ!!これもお仕事お仕事、、頑張ってなっ!!」
言いながら崇の肩をポンポンと叩き、足早にその場を立ち去った。
大きな溜め息でそれを見送ると、時計へと目を向けた崇。約束の時間まではもう30分程しか無い。
半ば諦めにも似た覚悟を決めると、事務所内にある申し訳程度の応接スペースへと姿を消した。
約束の5分前、優子の案内で応接スペースへと2人の男が通されて来た。
崇が立ち上がり会釈をする。
お互い簡単な挨拶を済ませると、改めて男達が名刺を差し出した。
40代とおぼしき男、ノーネクタイだがパリッと糊の効いた白のワイシャツと、ライトグレーの麻のスラックスを着こなし、黒い革靴もピカピカに磨かれている。
その服装と表情から几帳面な性格が窺い知れる。
この男が今日のインタビューを担当する記者の三上 伸二。
そして白いポロシャツとデニムにスニーカーというカジュアルな身なりの若い男、彼がカメラマンの渡部 正平。
一応崇も2人に名刺を渡し、社会人の定番光景とも言える名刺交換を済ませた所で、優子がお茶を運んで来た。
「暑い中を御苦労様です」
そう言いながら三上と渡部の前に冷えた麦茶を置く。
そして最後に崇の前にも麦茶を置くと、耳元で
「ファイト!」
と小声で囁き、ウインクを置き土産に応接スペースを後にした。
三上が
「遠慮なく頂きます」
と言い、続いて渡部も
「頂きます」
と頭を下げる。
そして2人揃って麦茶に口をつけた。
汗を拭き一息ついた三上、鞄からボイスレコーダー
と手帳を取り出した。その横では渡部がケースから取り出しカメラをセットしている。
少しすると準備が整ったらしく三上の
「では早速、、」
の言葉を合図にインタビューは開始された。
Q・まずラグナロクの日程が決まりましたが、今の心境をお聞かせ下さい
A・予想よりも早く実現出来る事に正直驚いています。これも色々な方々の多大なご協力のお陰だと、ただただ感謝の一言ですね
Q・障害者のみの格闘技イベントは過去に例を見ないですが、そもそも何故これを思い付いたのですか?
A・いや、、、誤解してもらいたく無いんですが、
元々の発案は大作なんです。自分はそれに共感して、手伝いをさせて貰ってるに過ぎません。
Q・共感といいますと?
A・大作の独立会見の時にも話させて貰ったんですが、他のスポーツに比べ格闘技は障害者への門戸が狭い。ならば門戸の広い場所を俺が作る、、と彼は言いました。
そしていずれパラリンピックの様に、日々の成果を見せれる場所を設ける。だから手伝って欲しいと、、最初は正直「はぁ?」と思いましたよ。
当然ですよね?1アマチュアの男が何を言っているんだと、、まるで夢物語ですからね。
でも彼の本気を見せつけられる、ある出来事があって、、彼の考えには共感出来た事もあり手伝う事を決めたんです
Q・ある出来事とは?
A・すいません、、それはここでは言えないです、勘弁して下さい(笑)
Q・それは残念です(笑)では質問を変えます。
ラグナロクの規模はどれ位になりそうですか?
A・正直まだ分からないんですよ、、一般公募も始めたばかりですし、どの競技にどれだけの応募があるかも見えない、、それが分かってから試合の組合わせやプログラムを組むので、今は何んとも言えないのが実状です、、すいません。
ただ、会場の神戸市中央体育館で朝から夜まで丸1日かけての大会になる事は確かです
Q・それは大規模ですね。
ところでラグナロクに於いて、福井さん自身も引退試合を行うとお聞きしたんですが?
A・はい。身体を悪くして引退試合をやっていない自分の為に、大作が花道を用意してくれたんです。
今はキツいながらも鞭打って身体作りに精を出してる所です
Q・ではその後は指導者に専念ですね?
A・いや、、実はこの事は大作と、先程お茶を運んで来た松尾しか知らない事なんですが、、、
自分はラグナロクを最後にグングニルからも去るんですよ。これが記事になったら目にした皆も知る事になりますが、、、
そういった意味でも自分の格闘技人生の総決算であり、本当の意味での引退試合ですから、恥ずかしく無い物をお見せ出来る様に頑張ります
Q・それは驚きました、、
今後はどうされるんですか?
A・お恥ずかしいんですが、今、稚拙ながらも小説、、というか大作や松尾との出会いから、ラグナロク開催までの事を文章に纏めています。
まだプロットの段階なんで、ラグナロクが終わったら本格的に執筆活動に入る予定です。
それに専念したくて、、俺の我儘で退団を申し出たんです。
快く理解してくれた大作には感謝しています
Q・という事は、その物語には先程答えて貰えなかった、ある出来事についても記される訳ですか?
A・そうなると思います(笑)
Q・それは楽しみですね(笑)
社交辞令では無く、完成したら是非拝見させて下さい。では最後にラグナロクへの意気込みや、読者へのメッセージ等があれば
A・これも大作の独立会見で話させて頂いた事ですが、、病や障害を抱えようと全てを諦める必要は無いと思うんです。
自分自身、色々な事を諦めて生きて来ましたが、大作や松尾との出会いにより人生が一転しました。
だからラグナロクへの応募も尻込みせずにどんどん申し込んで欲しい。
それにラグナロクは今回限りの打ち上げ花火じゃありません。
これからも定期的に継続していくイベントです。
だから今後の参加に向けて、グングニルやネットワークに参加している道場やジムの門も叩いて欲しいと願ってます。きっと何かが変わるきっかけになると思います
Q・今日はありがとうございました
A・こちらこそありがとうございました
インタビュー中もひっきり無しにシャッターを切っていた渡部だが、この後もジム内での撮影を暫し行い、この日の取材は無事に終了した。
「お疲れっ!!」
大作と優子が崇に声を掛けると、4~5歳は老け込んだ崇が振り返る。
「ほんまに疲れたわ、、、」
これに比べたらクソ暑いジムでのトレーニングの方が幾分か楽に思える。
そして明日には又、神戸スポーツのインタビューが控えている事を思い出した崇
(白髪と化すんちゃうやろか、、俺、、)
と憂鬱な想いで、大きく息を1つ吐いたのだった。