集団と組織
ラグナロク開催に向けて、やるべき事や決定すべき事項が山積みだった。
その中でも崇を悩ませているのが、開催時期と会場選びである。
ラグナロクは障害者の出場のみで行われる。
それ故に当然ながら有名選手や、人気選手の出場は無く、どれだけの観客を動員出来るのか、全く予測が出来ない。
それに伴って「箱」のキャパをどうするか、、決めきれずにもうかなりの日数が経っている。
大作に相談した事もあったが
「障害の部が主役の事やから福さんに委せるわっ!それに兵である選手達をラグナロクに導くんは、オーディンである福さんの役割やしっ!!」
と中二病の臭いがプンプン漂う返事が返ってきた。
、、、面倒くさいので、それ以降は相談していない。
崇の構想としては、従来のプロの興行の様に1つのリングで全試合を行うのでは無く、アマチュアスポーツの競技会の様に、1つの会場で3~4試合を同時に進行したいと思っている。
会場中央にリングを設置し、そこでは総合格闘技やキック等の試合を行い、その横ではマットや畳を敷いて空手や柔道の試合を行う、、といった風だ。
観客はそれらを好きに見る事が出来る。そういう物にしたいと崇は考えている。
そうなるとかなり広めの会場が必要となり、全試合を一目で見渡せる様に、客席も上から見下ろせる形が望ましい。
かといってワールド記念ホールの様な大会場だと、どうしても金がかかるし、そんな箱を埋めるだけの観客動員も見込めない。
どうするか、、と考えていた時、ある記憶が脳裏を過った。
かつて試合などには興味を示さず、路上を主戦場としていた崇だが、冗談半分冷やかしのつもりで空手の大会に出た事があった。
その時の会場が、崇の構想にぴったり合う事を思い出したのだ。
急いでパソコンを開くと、下手くそなタッチで検索バーに文字を打ち込む。
神戸市中央体育館
ホームページに辿り着くと、隅から隅まで目を通した。
競技場の広さ1720㎡、固定座席数1863席、、
更には利用料金も安く、終日貸し切りにしたとしても十分に払える金額だった。
「見つけた、、」
マウスを握ったまま、思わず呟く。
この広さならば会場を複数に分ける事は十分に可能だし、客席も上から見下ろす形なので一目で全試合を一望出来る。
1800以上もの観客を動員出来るとは思えないが、料金が安い為、足が出てもたかが知れている。
もう1つ魅力的なのが、この会場は2階が大競技場なのだが、1階にも2つの体育室があるのだ。
崇はネットワークの道場生以外にも、参加者を一般公募する事を考えている。
もしそれが実現したとして、その中には型や演武だけの希望者も居るだろう。
その時、この2つの体育室が活かされる事になりそうだ。
540㎡と350㎡、、広さ的にも丁度良いし、観客は1階と2階を自由に往き来出来る様にすれば良い。
こんなにも理想的な会場が直ぐ近くにあったとは、、、崇は胸が躍った。
アクセスも良くJR神戸駅から歩いて5分程、市営地下鉄の大倉山駅なら出て目の前である。
勿論、ネットワークのメンバーの了承を獲なければならないが、恐らく問題とはならないだろう。
あとは開催時期を決め、無事に予約が取れれば会場の悩みからは解放される。
そしてその開催時期も中々に難しい、、
今から公募をかけ、書類選考を経て出場者を決める。
グングニルやネットワークのメンバーは、常々ラグナロクを目標としているので問題無いが、一般公募の選手は出場が決まってから準備期間が始まる。
そうなると開催をあまり近日には設定出来ない。
尤もこれも崇が独断で決める訳にはいかないが、タイミングの良い事に翌週、ネットワークの会合がある。
その場で会場の了承を貰い、開催時期の件を話し合う事にして崇はパソコンを閉じた。
事務所を出てジム内に戻ってみると、大作と優子そしてたまたま遊びに来た烏合衆の長、朝倉が談笑していた。
先の件を話してみようと、その輪に加わると
「来週の会合でまた話すんやけど、、」
そう言いながらプリントアウトした中央体育館のホームページを差し出し、会場と開催時期についての意見を求めた。
「俺はええと思いますよっ!ただ開催時期は皆の意見もあるやろし、、何とも言えませんわ、、」
と朝倉の返事。
「せやろなぁ、、」
先走った自分を恥じる様に、崇が頭を掻いている。
すると大作が朝倉の手から先の資料を、ふんだくる様にして取り目を走らせた。
優子も覗き込む様に一緒に見ている。
一通り見て
「ここ、、完璧やん!」
「私もそう思うっ!」
そう言うと2人して、練習中の障害の部メンバーの所へとそれを見せに行ってしまった。
メンバーも皆、キャッキャッ言いながらそれを見ていた。
その様子を見ながら朝倉が言う。
「ここ、、雰囲気ええですよね、、」
「ここって、、グングニルの事?」
崇の問い掛けに笑顔で細かく頷く。
「なんかね、、格闘技のジムって仲間でありながらもライバルやから、どこかこう、、殺伐としたもんがあるんやけど、、良くも悪くもここにはそれが無い」
それを聞いた崇は、複雑な表情を浮かべながら答えた。
「良くも悪くも、、かぁ、、確かにな。格闘家の集まりとしては微妙なところやなぁ、、」
「でもね、、少し羨ましいですわ。うちはその名の通り、、烏合の衆なんです。自主興行する訳や無いし、選手達は各々が出たい大会や試合に向けて練習してる。つまり別々の目標を持った個の集まる集団、、それがうち、烏合衆なんです」
ここで1度言葉を切った朝倉。
崇は何も言わずに次の言葉を待っている。
「でもグングニルは皆が同じ方向を見てるでしょ?同じ目標を持った者の集まりですやん?だから集団やなくて組織ですよね。うちとはえらい違いですわ、、どう言ってええか分からんけど、うちがシェアハウスならグングニルは家庭って感じがする。そこが羨ましい、、軽くジェラシー沸く程に」
そう言って笑顔を見せた朝倉。
崇はその言葉をどこか誇らしい想いで聞いていた。