7、 9月13日(2日目)・男湯に幼女がいないのはどう考えてもお前らが悪い!
「さて、ついに尾道に辿り着いた。ってことは?」
「ラーメンだー! いやっほーう! あたしがどれだけ待ちわびたと思ってんだ!」
頭の上できょーこをはしゃがせながら、くらうはマップを表示して近くにあるラーメン屋を検索してみる。
「うわ、けっこーいっぱいあるな。どれにしようか」
「んー、まあ、やっぱランキング高めのとこが無難なんじゃないか? この時間だったらたいして混んでもないっしょ」
「それもそうか」
時刻は午後3時。昼の混雑はとっくに終わっている時間だ。昼しか営業しない店でなければ、今はどこも暇をしているいる時間だろう。
この近くで人気の高い店を調べてみると、数軒に絞り込まれる。あとはもう、気分で決めるしかないだろう。
「きょーこ、この中だったらどこ行ってみたい?」
「んー、そうだな、やっぱどうせなら1位の店に行ってみた‥‥あっ、いや、ここ、ここがいい!」
きょーこが勢い込んで指定したのは、ここからほど近い場所にある尾道ラーメン屋。店内は海を眺めることができ‥‥。いや、きょーこが言いたいのは多分、そんなところではない。
「見ろよ店名! 喰海だってさ!」
「‥‥‥‥」
「くらう、尾道ラーメン‥‥食うかい?」
「ああもう、言うと思ったよ。わかったわかった、ならそこにしよう」
「やった、ラーメンだラーメン! だけどくらう、珍しく積極的にメシ屋探してるんだな」
「まあな。そりゃせっかく尾道に来たんだから、ラーメンくらい食いたいだろ」
「喰海で、食うかい?」
きょーこを軽くスルーしつつ、マップを確認しながらその店へ向かう。そのラーメン屋は船を下りた場所からほど近くにあった。店の近くを見ても駐車スペースが見当たらないので、申し訳ないが邪魔にならないよう路駐させてもらう。
店内に入ると、若干暗めの雰囲気になっているが、店の奥はレビューにあったとおり窓の向こうに海が広がっており、なかなか見晴らしのいい景観となっている。惜しむらくはその窓が油で少々濁っていることだろうか。
くらうは窓際の席に着くと、ほどなくして店員が水を持って来てくれた。くらうはすぐに注文をする。頼むのはもちろん普通の尾道ラーメン。何度も来ているならともかく、旅行中にふらりと寄るならやはり定番メニューだろう。値段は550円と、ラーメンとしては平均的と言えるだろうか。
どうやら日本人ではない店員は少し片言の日本語で注文を受けると、すぐにすぐに厨房へ引っ込んだ。店内の美観としてはややマイナス評価だが、店員の態度はそれなりに丁寧で悪くない。
荷物を下ろし、手袋を外し、息をつく。旅行中となると、こういった食事の時間は肉体的にも精神的にもしっかりと休めることのできる大切な時間だ。特に今は目的も達成できた後ということもあって、気持ちはとても軽い。
ほどなくしてラーメンが運ばれてくる。麺は太麺、具材はメンマとネギと豚肉に、真ん中には半分に切った卵。なぜこんなに詳しく描写ができるのかというと、嬉しかったからきっちり写真を撮っていたおかげである!
「それじゃー、いただきます」
「いっただっきまーす!」
魔法で作ったもう1つのどんぶりを前しているきょーこと2人、手を合わせて食事を開始する。
「んー、美味いな! あたしラーメンの味にはうるさいけど、これは美味いと思うぞ!」
「そうだな。疲労と空腹補正はあるけど、オレも美味いと思う」
腹が減っている時に食うメシほど美味いものはない。疲れているならなおさらだ。
くらうはあっという間に汁まで完食すると、もう一休みしながら地図を確認し、そして簡単に手記を書きとどめる。
「嗚呼、この時にもうちょっと詳しく書いてれば、もう少しは道中の話を膨らませることもできたかもしれないのに‥‥」
「それを書きながら言ってんじゃねえよ」
「そう、小説という形にすることによって、オレはもう一度、心の中で同じ旅行を楽しむことができる。だけど、その時とった行動を変えることはできないのさ。どれだけ後悔していようと、今のオレはこの手記を曖昧にしか書くことができない‥‥」
「良さげなこと言ってるようでたいして中身がねえ言葉だな‥‥。ていうかただのメタ発言じゃねえか」
「まあ、その通りなんですけどね」
メモノートをぱたりと閉じ、もう1杯水を飲んでからくらうは立ち上がる。会計を済ませ、ついでに店員に道についてたずねてみることにした。先程確認したところ、これから国道2号線に沿って進めばいいようなのだが、どうもその2号線が北と南に2本ある。何も考えずに進むなら南側がここからすぐに乗れるが、もし北側のほうが走りやすいならば、そっちに行くのもアリだと思ったのだ。
何気に日本語が達者な店員に尋ねると南側の2号線に続く道を教えてくれて、北側の2号線の話をしても若干首をひねられた。多分、なんでわざわざ遠い方に行くのかわからないのだろう。てことは、普通に行けばいいってことか。
腹も膨れたしきょーこの機嫌もよくなった。休憩もできたし脂ぎった窓越しに海も眺められた。もう思い残すことは何もない。
「よし、それじゃああとは岡山の実家に向かうだけだな。距離的に明日の昼か夕方くらいには着くんじゃないかな」
「と、この時のくらうはこの後あんなことが起こるとは思ってもいなかったのです」
「‥‥ま、まさか、親に見捨てられ路頭に迷っていた幼女を保護してオレの義理の妹にしてしまう、とか‥‥?」
「すげえ超展開だな」
きょーことアホな会話をしながら、足取り軽く東へと進む。その先に待ち受けていたのは――
――まあ、何もないんですけどね。
大きな国道を進んでいるので道は比較的整備されており、坂道もそれほど無い。夕方の6時前には、くらうは尾道市の東隣、福山市の駅近くまでたどり着いていた。
「さて、そろそろ寝る場所探さないとな」
「今日も野宿か?」
「カラオケかネットカフェがあればそこで寝たいけど、見つからなかったら野宿だな」
言いながらくらうは大きな橋に差し掛かった。
「なあくらう、この橋の下とか野宿に向いてそうじゃないか?」
「確かになー。じゃあここ起点で近くの店探してみようか」
橋を渡り終えたあたりで、くらうはマップを表示して検索をかける。まずはネットカフェ、それからカラオケボックスの順で調べてみる。が、
「‥‥無いな」
「カラオケスナックみたいなのはいっぱい出てきたけどな」
くらうは1つため息をつくと、仕方なく先程渡った橋の下の土手を散策することに。
その土手は足首程度の雑草が生い茂っており、サッカーくらいならできそうなスペースはあるのだが、思った以上に開放的な場所となっており、寝袋で寝るには少々厳しいものがある。
「‥‥んー、橋の下っていうと隠れるにも遊ぶにも定番なイメージがあるけど、意外とそうでもないんだな」
「そりゃま、そういう場所だってあるんじゃないの? で、ここがダメならどーすんのさ」
「近くの公園、探してみるか」
再びマップを開いて公園を検索。
「お、ここいいんじゃないか? 近くに銭湯があって、スーパーとかメシ屋もある」
「おお、そりゃいいじゃねえか! ほらほら早くメシ食おうよ!」
「よし、じゃあ晩メシはそこのスーパーで‥‥」
ゴスっ、ときょーこのパンチが脳天に刺さる。
「‥‥飲み物だけ買ってどっかで食おうか」
「よっしゃー! 福山市の名物ってなにがあるんだ!?」
「名物は知らん。それに普通のメシ屋しかないぞここ」
確かに2,3店はあるもののチェーン店ばかりしかなく、珍しいものは食えそうにない。
とりあえず、くらうは自転車に乗って散策を始める。
「‥‥せっかくだし、寿司でも食うか」
「す、寿司だとっ!?」
くるくると辺りを自転車で回りつつ店を探し、くらうが呟いたのに反応して、きょーこが目を輝かせた。
この近所でというと選ぶほどないのだが、その中に小さい頃はよく両親に連れて行ってもらっていた回転寿司、『しーじゃっく』もあったのだ。
「すーし、すーし、美味しいお寿司ー。今夜のお夢は回る寿司ー」
そしてきょーこは上機嫌に謎の歌を口ずさんでいる。アンソロネタなので、まあ丸パクリでも問題はないのではないだろうか。
ということでくらうは回る寿司屋へ。1人で入るのは初めてだが、1人ぼっち有段者のくらうには抵抗など微塵もない。
店内に入りカウンター席へ。くそ重いカバンを下ろし、水を飲んで一息つくとさっそく注文である。
「すいませーん。エンガワ、さび抜きください」
「さび抜き!? お前お子様かよ!」
「うるせえな。オレの数少ない苦手分野なんだよ」
くらうは基本的に好き嫌いをしない。小さい頃からなんでも残さず食べるようしつけられた結果であるが、それでも未だに食べられないのがワサビとカラシである。ちなみに漬け物も苦手だったが、最近は克服している。
そして注文を受けたカウンター内のニーチャンが、すっげえ嫌そうな顔をしながら寿司を握って皿を出してきた。
「‥‥なんか、めちゃくちゃ態度悪いな」
「ずっと2人でしゃべってんのも気にいらねえな」
カウンター内の店員は先程から客の様子など完全に無視してずっとおしゃべりを続けている。お世辞にも良い態度とは言い難いが、まあそんなこと気にしていても仕方がないだろう。
「まあいいや。あたしもいただきまーす」
言ってきょーこは魔法で自分の寿司も作り出し、満面の笑みで手を合わせた。
「んー、寿司なんて食うの久々だよ」
「確かになー。オレ一皿目はエンガワっていうこだわりがあるんだよ。この時もまだそのこだわりはあったはずだから、最初はコレだったはず」
もしゃもしゃと寿司を食いながら、メタ発言に躊躇の無いくらうである。
「次は何頼むんだ?」
「‥‥何食ったっけ」
さすがに食ったネタの1つ1つまで覚えているはずもなく、記憶が朦朧としはじめ、思わずメタ発言を漏らすくらう。むしろ1皿目だけでも覚えていたのが奇跡的だろう。
とりあえず食ったのは全部で5皿だったはず。普段なら20皿近くは平らげてしまうくらうだが、今日ばかりはそういうわけにもいかなかった。理由は単純。
「‥‥ったくさあ、さっきからあいつら態度最低じゃねえか?」
「‥‥全くだな。さすがに温厚なくらうさんもイラついてきた」
中にいる店員の態度があまりにも悪すぎる。ずっと話をやめないし、注文を受けるとあからさまに嫌そうな顔をするのだ。確かに回ってるのに注文されるのは面倒かもしれないが、さび抜き派のくらうとしてはどうしようもない。なんにせよこの態度は仕事人としてありえないだろう。
「‥‥食欲失せるな。きょーこ、足りない分はスーパーでもいいか?」
「構わん。これ以上こんなとこで食うよりはよっぽどマシだな。あたしの身長があと150cm高かったら暴れてるところだぞ」
「けっこう大幅に足りないんだな」
ふんす、と鼻息荒くふんぞり返るきょーこに呆れたため息を漏らし、近くを通ったおばちゃん店員にお愛想を告げると、言葉通り愛想よく対応してくれた。
「む、いい感じの人もいるんだな」
「あのおばちゃんが中に入ればいいのにな」
不満たらたらで会計を済ませ、「こんな店二度と来るかー!」と心の中で叫んでから(←小心者)くらうはすぐ近くの業務スーパーへ向かった。
「これが現代日本社会の現状なんだな。あんな腐敗しきった若者が至る所に蔓延ってるせいで、社会全体に悪影響を及ぼしてるんだよ。あたし、こんなの絶対に認めない‥‥」
「なんでそんな重々しいんだよ」
明日の飲み物と、小腹を埋めるのにパンを買いつつ、くらうも不機嫌気味にため息をついた。
「ま、そんな下らんことは忘れて、これ食ったら温泉入るか」
「そーだな! あたしも乙女だからちゃんとお風呂入らないとな!」
「多分乙女は男湯に入らないぞ」
そしてくらうが次に立ち寄ったのは、そこからすぐ近くに建っているスーパー銭湯『ゆらら』。大きくてきれいな建物で、昔ながらの情緒みたいなものはないが、可もなく不可もなく無難に落ち着けそうな場所である。
さっそく入って料金を支払う。料金がいくらだったかはもう忘れてしまった。
「‥‥なんで無駄に潔くなってんだよ」
「はは、いい加減、いちいち厨二ネームを考えるのに疲れてきたのさ」
受付でロッカーの鍵を受けとって脱衣所へ。カバンを下ろしてロッカーに突っ込もうとして――受付に引き返した。
「‥‥あの、すいません。この荷物が入る大きいロッカーに変えてもらえるとありがたいんですが‥‥」
脱衣所のロッカーの大きさはバラツキがあり、くらうが渡された鍵のロッカーはあまりに小さく、とても荷物が入る大きさではなかった。
「あ、わかりました。気づかなくてすいません」
「いえ、ありがとうございます」
愛想良く受付のおねーさんは別の鍵を渡してくれ、今度は一番でかいロッカーでカバンも余裕で入るサイズだった。
「寿司屋の店員はクズだったけど、いい人も多くて広島も捨てたもんじゃねーな」
「何で上から目線なんだよ」
浴場に入り手早く体を洗うと、今日も今日とて最初はジャグジーバスへ。
「うあー、生き返るぅー‥‥」
湯に身を沈め、くらうは緩み切った声を漏らした。やはり、疲れている時の温泉は格別だ。
「で、今日も洗髪は石鹸なんだな」
「当たり前だろ。だから今日も髪の毛ガッシガシだ!」
ギシギシ軋む髪の毛を指して、くらうは自慢げである。
「‥‥ったく、寿司なんて食って、少しは貧乏性も治ってきてるのかと思えば」
「残念だけど末期症状だからな。‥‥って貧乏性じゃねえし!」
「くらうさんのご趣味はなんですか?」
「節約です」
「そーいうのを貧乏性っていうんだよ!」
きょーこに理不尽なツッコミを入れられつつ、くらうは湯に浸かって全身の疲れをほぐす。
「そーいえば、モアはどこいったんだよ。相変わらず出番少なすぎるんじゃないの?」
「ああ、モアなら今は頭の上にいるけど」
「いつの間に!? ていうかそこはあたしの特等席なんだよ!」
頭に乗せたタオルから顔だけをのぞかせたモアの存在に気が付き、きょーこが牙を剥く。ちなみにモアは体の半分が顔でできているので、顔をのぞかせるというのは半身を乗り出していることである。
ジャグジーに続いてヒノキ風呂やら薬草風呂やら露天風呂やら。色んな浴槽を転々としつつ、もう一度体を洗ったりと今日も今日とて1時間近く風呂に浸かるくらう。そして今日も今日とて、遺憾ながら男湯内に幼女は入ってきていなかった。
存分に温泉を堪能すると、着替えを済ませ荷物の整理をして、今日もロビーのソファでのんびりとくつろぎタイムに突入。
「なあなあ、今日は牛乳飲まないのか?」
「んー、今日はスポーツドリンクでいいや。昨日飲んだから、ノルマ達成した感じで満足した」
「なんのノルマだよ。ま、どうせ腰に手を当ててぐいっとしないから、あたしもどっちでもいいんだけどさ」
そう言ってきょーこはくらうのスポーツドリンクから紙パック牛乳を作り出していた。まことに便利な能力である。
ソファに座って読書しながらさらに30分ほどのんびりとし、夜の9時を過ぎたあたりでくらうはようやく腰を上げた。
外に出ると夜風が肌に心地いい。そうしてくらうは予め目星をつけていた公園へと向かった。
大通りから2,3本ほど中に入った薄暗い通り。そこにある小さな公園で、その日は野宿しようと考えていたのだ。
公園に足を踏み入れ、くらうはそこで信じられない光景を目にする。それは誰もを不快にさせる、耐えがたいものだった。
――高校生くらいの男女が、闇に沈んだ公園でイチャついている。さすがにヤってはいないが、ベンチに腰掛けべたべたしている。
「‥‥なんだあいつら。爆発すればいいのに。いや、しなければならない」
「おおう、寿司屋ん時より黒いオーラ出してるな」
「ここでオレがとるべき行動は2つしかない。1つは、ヤツらを意識の外に追い出し気にせずこの場でこの場で寝る。そしてもう1つは声をかけて存在そのものを外に追い出すことだ!」
「最っ低の2択だな!」
そしてくらうがとった行動は前者である。普通に公園に入って普通に荷物を下ろし、普通に寝袋を広げて普通に寝る準備を始めた。さすがにヤツらとは距離を取っているが、ちらちらとこっちを見ている様子が窺える。そしてほどなくして、ヤツらは公園から去って行ってしまった。
「けけけ、雰囲気ぶち壊してやったぜ。ざまあみろ」
「‥‥お前、けっこうクズだったんだな」
たとえきょーこに呆れられようと、くらうは誇らしい気持ちでいっぱいだ。これが二次元に没頭する喪男の正しい姿である。
「さて、すっきりしたところで早く寝ようか。明日も早いんだし」
「そうだな。早くくらうに天罰が下ればいいと思うよ」
「ははは、何を言っているのかね。こんな清く正しいオレに天罰なんて下るはずがないじゃないか。オレがすべて正しい! この世はオレを中心に回っているのだから!」
「ちなみにその台詞フラグだからな。次の章、気をつけとけよ」
そうして、くらうは明日の最終日に向けて安らかな眠りに着いたのだった。