6、 9月13日(2日目)・そして尾道へ‥‥
伯方島を渡り切り、ぐるぐるとひたすら続く坂をどうにか上り終えたくらうに、ここでも二段重ねの試練が待ち受けていた。
「くっ‥‥またしても料金所‥‥」
この橋にも料金ゲートが設置され「ゆっくり支払っていってね」的な機械音声が流れている。
見ると、おしゃべりしながら歩いているおばちゃん2人がそのゲートを一切気に留めることなく通り過ぎて行っていた。多分、島に住んでいる人だ。ていうか、徒歩で島間を移動するってすげえ。
「あ、そっか。徒歩は無料だから島民的としちゃ歩いて当然なのか‥‥。押して歩いたら無料にならないかな」
「いや、監視もねえしそのへんは個人の良心の問題なんじゃないの?」
「くっ、そう言われると素通りしにくくなるな‥‥」
仕方なくくらうは料金を支払い、ゲートを通りぬける。これ全部の橋にあるんだったら、最終的には通行料は400~500円くらいになりそうだ。
「さーて、次は大三島だ」
「美味いもんあるかな」
「食べもんじゃないけど、大三島から次につながる橋は多々羅大橋っていって、なんか有名なんだってさ」
「へえ、そうなのか」
「そう、そしてこれが多々羅大橋だ!」
そしてくらうは多々羅大橋へ辿り着いたァァーー!(ドッギャアァァン!)
「うおっ、なんだそりゃ。大三島は!?」
「通過した」
「いやいや」
「だって、実際特筆するようなもの何も無かったしさ。1回くらいは脚止めて休んだかもしれないけど、それ以外には何もしてない」
「いやまあ、そうかもしれないけどさ」
「じゃあきょーこ、大三島通過中の何か語ってみろよ」
「‥‥‥‥‥おっ、くらう、多々羅大橋が見えてきたぞ!」
「ほんとだ! さあ早く行こう!」
もちろん橋に上るには、ぐるぐる坂道をひたすら上っていかなければならない。ふらふらになりながらもどうにか上り切り、そこに広がる光景は――橋だった。
「うん、まあ橋だな」
「そうだな、確かにでかいけど、特別なんかあるわけでもないしね」
相変わらず、冷めている時はとことん冷めている2人の感想である。
大三島を越えると次に辿り着くのは生口島。まあここも、とりたてて何かあったわけでもない、普通の島だ。
「なあ、もうちょっとくらい移動を楽しんだらどうだよ」
「いや、実は楽しんでるぞ。文章に起こすにあたって書くことがないというだけで、けっこう頻繁に足を止めて写真とか撮ってるし」
「そっか、そういえばそうだったな。じゃあどっから物語は始まるんだ?」
「次の因島は若干物語性があったぞ。オレ的には悪い意味で」
「しんどかったんだな」
入る前から全力でネタバレをしつつ、くらうはしまなみ海道5つ目の島へと踏み込んだ。
「ところで、オレはもう体力が尽きかけているんだが」
「うお、なんだよいきなり」
「だって、島を渡るたびにあんな坂を上らにゃいかんのんだぞ。わかりやすい例をあげるなら、地下道にあるあの急な上り坂を十数分上り続けてる感じだ。はっきり言って、1回上るだけでも大仕事だ」
「まあな、確かにあの坂はしんどいと思う」
「というわけで、オレはもう疲れた」
濃く疲労をにじませつつゆるゆると自転車を走らせるくらうの前に、それは立ち塞がった。そう――坂である。
「うおあー‥‥ウソだろー‥‥」
「そりゃ、道なんだから坂くらいあるだろ」
「そうだけどさー、もう十分上ったじゃんかー‥‥」
とは言ってもただ立ち止まっているわけにもいかないので、意気消沈させながらもくらうは必死に坂を上り進める。
ここしまなみ海道は、道が整備されてからは自転車乗りに人気のルートとなっている。そのためここに来るまでも、くらうは何人もの自転車に追い抜かれていた。当然ながら抜いていく人たちは皆ちゃんとしたクロスバイクやロードバイクである。
そしてその坂を上っている時にも数人の(ちゃんとした装備の)自転車乗り達が、くらうの横を通過してゆく。
その集団のうちの1人が、通り過ぎて行きながらくらうのことを二度見していた。そして何とも言えぬ笑顔を浮かべて「うわ、すげえ」という呟きを漏らしてその場を去った。
「‥‥今のヤツ、ちょっとバカにしてなかったか?」
「ああ、そうだなっ!」
キラーン、と目を輝かせてくらうは顔をあげた。
「うおっ、なんで活き活きと答えるんだよ」
「だってあえて折りたたみ自転車で旅行してるのは、半ばバカにされるためといっていいんだぞ! つまり、今のニーチャンは何気なくオレの目的を叶えて行ってくれた!」
少しだけ元気になって、くらうはどうにかその坂を上り終えた。
上り坂の後には癒しの下り坂が続いている。気持ちのいい風を全力で浴びながらくらうは息を吐いた。
「ふいー、どうにか上ったな。もう坂なんて見たくないな」
「バカっ、なんでフラグ立てるんだよ!」
「なんでこれをフラグにしようとするんだよ!」
そしてその発言は――フラグだった!
「うおおおっ、マジでまた坂が続いてきやがった!」
再び相まみえた上り坂を前にして、くらうはがっくりと膝を折る(くらいの気持ちという心情表現)。
「ちっくしょう、大島が一番しんどいって書いたヤツ誰だよ! あきらかにここが一番しんどいじゃねーか!」
まあ調べたサイトは経路が逆だったので、最後の島ということで難関としていたのかもしれないが。といっても大島にそんなしんどい道があったようには思えないのだが。
坂の途中で何度も何度も足を休めながら、くらうはどうにかこうにか坂を上り切り、因島の終着点であることを示す看板を見つける。
「いよっしゃあ! 残る島はあと1つだ!」
「やったなくらう! さあ今から橋を上るぞ!」
きょーこの言葉にくらうはグシャア、と音を立てて崩れ落ちた(くらいの気持ちという心情表現)。
そう、島に坂があろうが無かろうが、最後は橋へ上るために坂を上らなければならないというのは避けられない運命なのである。しかも坂を上ったその先には、冥界へと続く悪魔のゲート、料金所があるだろうということはもはや疑いようがない。
「ああ、これが最後の橋であることを祈るよ‥‥」
「尾道に渡るときはどうすんだ?」
「船があるらしい。橋もあるけど、狭くて危ないから自転車は船推奨だってさ」
これが最後、これが最後と心の中で何度も唱えながら料金を投入し、くらうはどうにか橋を上りきる。本当ならその場でぐったりと休憩を取りたいところだが、休憩所もない橋上で休むというのはどうにも居心地が悪い。そもそも道が狭いので迂闊に立ち止まるわけにもいかない。
続いての島、しまなみ海道最後となる向島へと続く坂道を勢いよく滑り降り
ながら、くらうはふと思った。
この自転車、エミリアはもうずいぶんと長距離を走り続けているせいもあって、かなりガタがきている。買ってからの年数に対する走行距離は、おそらく平均と比べると飛び抜けていることだろう。今回の旅行も直前にしっかりと整備をしてきたものの、かなり無理をしている自覚はある。いい加減、買い替えを検討するのが現実的だ。
ということは、今回の旅行がもしかするとエミリアと行く、最後の旅行になるかもしれないのだ。
そう思うと途端に寂しくなり、くらうの頬を一筋の涙が、向かいくる風を受けて真横にすうー、と流れた(実話)。
「ええっ、なにいきなり泣き出してんだよ!? 気持ち悪りい!」
「感傷に浸ってんだから気持ち悪りいとか言うなや!」
「いや、唐突にもほどがあるだろ! なんの感傷に浸ってんだよ!」
「この旅行が、エミリアと行く最後の旅行になるかもしれないと思うと、な」
「気持ち悪りい!」
「海に放り投げるぞこの野郎!」
「野郎じゃねえ、お嬢と言え!」
「海放り投げるぞこのお嬢!」
「やれるもんならやってみやがれ! くらう、なんだかんだ言ってあたしのこと好きだろうが!」
「言ってくれるじゃねえか! ああ、そうだよ! オレはきょーこのこと気に入ってる! お前が好きだ!」
「はっ、あたしだってくらうのことは好きだよ。‥‥だからもしエミリアと走れなくなっても、くらうは独りぼっちじゃねえよ。いいよ‥‥一緒にいてやるよ」
「うおーん! きょーこー!」
「くらうー!」
がっし! と2人の間に友情の抱擁が交わされる(イメージ映像)。肩の上のモアはわけがわからないよ、とでも言いたげなわけでもなく、相変わらず完璧なまでの無反応を貫き通している。
そんなこんなでくらうはついに向島へと辿り着いた!
「さあて、ついに最後の島だな! しんどいけど、ちょっとテンション上がる!」
「見ろよくらう! 砂浜だあ!」
何度も見てきた砂浜だが、せっかくなので浜にまで下り立ってみる。
「あはは! 別に何もねえな!」
「あはは! 1人で来たってすることねえもんな!」
一通りはしゃいでから(半分実話)再び自転車をこぎ始める。なんてことない平日の日中ということもあって、人通りは限りなく少ない。少々奇行にはしったところで見咎める人は特にいない。はしゃいでいる途中、数台の自転車が通りぬけて行ったが、まあ気にしない。
ありがたいことに、向島はここまでに比べると起伏が少なく走りやすい。すっかり時間は昼を過ぎ、いまから夕方へ向かおうという時間帯だ。疲労もたまり腹も減っているくらうに優しい、最後のひと踏ん張りだった。
30分ほど走っただろうか、景色はまさに島という感じの海と山から、少しずつ街並みが広がってくるようになってきた。そろそろ終着点が近いという兆しだ。
「ようし、この辺からどっかで大通りを外れないといけないからな。道確認しながら行かないと」
そう思っていたくらうだったが、注意深く進んでいると道の途中にしっかりと、自転車乗りのためにか船乗り場を示す看板が掲げられていた。
そうして向かっている道の途中、1人のオッサンが地図でも確認しているのか、自転車にまたがったまま足を止めているのが見えた。しかしくらうは別に特別な反応を示すことなくその人の横を通り過ぎ、通り過ぎてから、その人の姿を思い浮かべる。
「‥‥なあ、今のオッサンのチャリ、折りたたみ自転車に見えたんだけど」
「お、おう、くらうもそう思ったか。実はあたしもそんな気がしたんだけど」
先程のオッサンは、どうにも小さめのチャリに乗っているようだったのだ。どうみても街の人という風ではない大荷物を背負っていたし、少なくともロードバイクなどに乗っていなかったということだけは確かだ。
「‥‥なんだろう、すげえ萎える」
「き、気にすんなって。きっと往来の手段までチャリで来るアホはくらうだけだって」
「そうかな‥‥」
こんなことする人は他にいないだろうという自信を持っていただけに、同じようなことをしている人を見かけてしまうとどうにもテンションが下がる。
ふと気づくと、くらう以外にも街中を自転車で走る人たちが大量に現れ始めた。くらうを追い抜いていく人から他の道から現れる人まで、誰もが同じ方向に向かっている。
「へえ、みんなこれから船に乗るんだね」
「みたいだな。急に増えてきたみたいで不思議な感じだな」
ここまで来れば迷うこともあるまい。くらうはその人たちに着いていくように道を進んでいくと、やがて小さな船着き場のような場所に着いた。
道の真ん中にはずらずらと自転車が並べられており(普通のシティサイクルがほとんどだ。多分近隣の人のものだろう)、その自転車で左右に出来上がった道を通っていくと、短い桟橋があり、その手前には小さな建物がありそこで料金を払うようだ。
ぱっと見で料金がよくわからないので中にいたお爺さんに尋ねると、自転車込みで70円だそうだ。
「すげえ、安いんだね」
「このあたりに住んでる人は頻繁に利用するのかもな」
船を待つことしばらく、ぼこぼこと音を立てながら1隻のさして大きくない船が桟橋へとやってきた。自転車の人が先に乗せられ、くらうも促されるままさっさと乗り込む。先程まで自転車乗りを大勢見かけていたにもかかわらず、この船に乗っている人はそう多くないようだ。
「なんか船に乗るとようやくしまなみ縦断したんだなって感じだな」
「あー、確かにどこで達成感を感じりゃいいのかちょっとわかりづらかったもんね。うん、今喜べばじゃない?」
「いよっしゃー! しまなみ縦断したぞー!」とでも叫べれば気持ちがいいのかもしれないが、普通に公共の乗り物の中である。そんなことをすれば変態だ。くらうは自重のできる変態なので、人前でむやみに変態性を見せつけることはない。
昼過ぎとはいえまだ日は高い。動かし続けてきた脚をのんびりと休めながら、さんさんと緩やかな太陽に照らされるのは心地がいい。そして目の前には海が広がっている。岸に挟まれているのであまり広大さは感じられないが、爽やかな気分になるには十分だ。
ものの数分で、船は対岸へとたどり着いた。船を下りると、そこはもう人が行き交う街中、尾道駅前である。
くらうはついにしまなみ海道縦断を終え、広島県尾道市へとたどり着いたのだった!(ズギャーン!)
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