5、 9月13日(2日目)・塩アイスなんてなかった
目が覚めると、外だった。野宿なのだから当たり前である。
そういえば、野宿をして外で目覚めるのはこれが初めてだ。正確には『朝に』目覚めるのが、だけれど。
隣を見るときょーこが蚊に悩まされた様子もなさそうにすやすやと寝息を立てており、さらにその横ではモアが、相変わらず寝ているのか起きているのかわからない不動で佇んでいた。
時間を見ると5時半。すでに陽が上っており空は明るい。
もう少しゆっくりしたい気持ちもなくはないが、外で寝袋を広げた状態でそうするのもどうかと思うのですぐに起き上がって片付けを始めた。
「‥‥うわ、けっこう刺されてる」
手を見ると、数か所が蚊に食われており地味にかゆくていじいじする。しかもなぜか足まで噛まれていた。奴ら、どこまで侵入してきてるんだ。
「んー‥‥朝ぁー‥‥?」
片付けがほとんど終わった頃に、ようやくきょーこが目を覚ました。ごしごしと目をこすりながらふらふらと頭をあげる。
「朝‥‥朝といえば‥‥朝メシだよな!」
しゃきーん! と音を立ててきょーこが覚醒した。
「そうだな。コンビニにでも寄ろうか」
「てめえこのやろう!」
くらうの案にきょーこは跳ね上がってパンチを繰り出してきた。何気に鋭い攻撃だ。
「いやいや、待て待て。だってよく考えてみろよ。今かなり早朝だぞ。空いてる店なんて、ほとんどない」
くらうの丁寧な説明に、きょーこはむすっとした表情を向けてくる。ていうかこの説明前もしたことある気がするんだけど。
「だから、メシ、買うしかない。オーケイ?」
「‥‥昼メシは?」
食事に関する追及は深いきょーこである。
「しまなみを抜けるのが、普通に行ければ昼過ぎになると思う」
「話逸らしてんじゃねえ!」
「違う違う。しまなみを抜けたら、どこに到着するでしょうか」
「‥‥広島、だよな」
「そう、広島の、尾道に到着する。つまり?」
促すと、きょーこははっとして、くらうの言いたいことを理解したようだ。
「尾道ラーメンだ!」
「いえーす! 昼メシはラーメン食おう!」
「いやっほーう! 仕方ねえなあ! 昼まで我慢してやるかー!」
途端にきょーこの機嫌がてっぺんまで回復した。ホント、単純なヤツだ。
「というわけで、とりあえず出発だ!」
「よし、とっとと抜けて、とっととラーメン食おうな!」
「せっかくなんだから、少しは道中を楽しもうとしろよ」
午前6時。朝日が昇ってまだ間もない時間に、くらうはしまなみ海道へ向けて自転車をこぎ始めた。
1時間半ほど走り続けたところで、くらうは道の駅【湯ノ原温泉】へとたどり着いた。四国一周の際には最終日に立ち寄り、鯛メシを食べた場所である。なかなかいい値段はしたが、かなり美味しかった記憶がある。
「よし、それじゃあ腹ごなしにまた鯛メシ食っていくか!」
頭の上できょーこが騒ぐが、今回ばかりはきょーこの案は即行で却下される。
「残念だったな。まだ開店前だ」
時刻はまだ7時半。店が開くにはまだまだ早い時間だ。ここの道の駅も例外ではなかった。
「うあ、ホントだ。ちぇー、つまんねーな」
きょーこの不満を聞き流しながら、くらうはひとつ息をつく。今日は意識してかなりペースを落として走っている。この調子なら今日は途中で動けなくなることもないだろう。なんて朝一番で言ったってわからないけれど。
しばらく休んでから再び走り始めると、やがて道の途中に黄緑のコンビニが見えてきた。くらうはすいーっと自転車を停めて、コンビニへ立ち寄った。
菓子パンと飲み物をレジへ持ってゆき、やる気ねえ店員に金を払って店を出た。朝メシはとりあえずそれだけだ。
「しまなみ海道にはどんくらいで着けそうなんだ?」
「そう遠くはないよ。まあ、1、2時間もあれば十分着くはず」
「ならとっとと行こうよ。こんなところで菓子パンもそもそ食うより、あたしは早くラーメン食いたいんだよ」
「はいはい」
きょーこにせっつかれるまま、自転車を走らせることしばらく。看板によると今治駅の近くまで着いたようだ。できることなら昨日のうちに着いておきたかった場所である。
「えーっと、このへんから国道外れなきゃいけないんだよ。どっちだったかな」
くらうは地図を広げながら場所確認。目印の建物を確認しつつ、何度か道を曲がってゆく。
標識もあるにはあるが、かなり近くに行くまでは若干わかりづらいのでこまめに確認しなければならない。
「おいくらう、足元見てみろよ!」
「おう、言われなくても見えてる!」
そして前方に上り坂が見えはじめ、なんとなくげんなりし始めたまさにその時、くらうの足下、道路に沿って引かれた青い線が見え始めた。さらにそこには自転車の絵が描かれており、その下には『尾道まであと○km』という表記があるではないですか! いや、丸抜きしてるけど別にいやらしい言葉ではないです!
「うおーっ! なんか近づいてきた感があるーっ!」
「尾道だぞ尾道! 尾道といえば、ラーメン!」
きょーこのラーメンに対するこの執着心はなんなのだろう。しかしこんな風にカウントダウンが始まると、やたらと心が躍ってくるのは確かだ。まだしまなみ海道に突入したわけではないものの、限りなく近づいているのは間違いないのだ。
そこからしばらくも走らないうちに、視界には大きな橋が見えはじめ、道はくるくると大きくカーブをしながら上方へと向かっていた。
「うっしゃー! ここ上ったらしまなみかー!」
「行け行けー! 尾道はもうすぐだぞー!」
「ぬおっ」
モアも反応してくれて気合い十分、ワクワク全開で坂道を上ると、そこはついに橋の上。向こう端が朝靄に霞むほどに長い橋がひたすたに続いている。そして目の前には尾道までの距離が書かれた看板。そこには距離の上にもう1つ、『しまなみ海道』という表記が!
「うおーっ! ついにしまなみ海道突入だー!」
「やったなくらう! あと69kmだってよ! 昼過ぎには着くかな!」
「頑張れば!」
意気揚々と、くらうはしまなみ海道を自転車で走りだす。道がきれいに整備されているおかげでずいぶんと走りやすい。標高は高いが風はそれほど吹いておらず、今くらうの走行を阻むものは何もなかった。
「めっちゃ爽快! 昨日までの疲れも帳消しにできそうだ!」
「いやー、いい眺めだなー。何とかと煙は高いとこが好きって言うけど、アレ確か超絶美少女と煙だったよな。だからあたし高いとこ好きだなー」
「うんそうだなまさにその通りだと思う」
平坦な道をしばらく進むと、やがて料金所が見えてきた。
しまなみ海道は有料道路だ。そしてそれは自転車にも適用される。
その料金所は小さなゲートのような作りで、片側に職員の待機所、その前に小さな料金箱と
いうとても簡素なものだ。やる気ねえオッサンに見られながらくらうは料金200円を投入し、先へと進んだ。
「‥‥に、200えん、だってさ。一食ぶんくらいかな」
「だあー! こんなところでまでうだうだ言ってんじゃねえよ! いいじゃんか、これこそ必要経費だろ!」
「通行料金とか駐車料金とか、そういうのが一番苦手。だってよく考えてみろよ。この通行料が無かったら、なんか美味いおやつ食えたかもしれないんだぞ?」
「くっ‥‥通行料金って、最低だな」
きょーこも納得してくれたところで、くらうはしまなみ海道最初の島、大島へ突入した。
しまなみ海道とは、いくつもの島の上を通過する、瀬戸内海を縦断する長い道路のことである。そして通過する島々にはそれぞれ町があり、住居も存在する。そのため島を越える度に、何度も橋を渡って降りてを繰り返さなければならない。
調べによると越えるべき島は6つ。まずはその1つ目というワケだが、やはりついにやってきたのだという感動は大きい。海沿いの道を走りながら、くらうときょーこはハイテンションだった。そしてモアは相変わらずのノーテンション(=無)だ!
「いやー、海沿いの道は気持ちいいなー」
「そうだな。道も整備されてて走りやすいから、脚の負担も軽くなった気がするよ」
「今日は途中でヘバるんじゃねえぞ」
「頑張る」
とはいえ、出だしは快調なようだがくらうにはひとつの懸念があった。事前の調べによると、ここ大島が最初にして最大の難所であるそうだ。確かに他の島に比べて走行距離は長いようで、まだまだ安心はできない。快調に長い距離を走っているようだが、安心はできない。若干坂がキツいのはキツいが、それをどうにか乗り越えても、まだ安心はできない。次なる島が近付いてきたが、まだ安心はできない。大島終了のお知らせを示す看板が見えるが、まだ安心は――
「‥‥渡り切ってしまった」
気づいたら橋にたどり着いていた。
「あれー、そんな言うほどしんどい感じしなかったんだけど」
「まあ、いいじゃんか。昨日みたいになるよりはよっぽどマシでしょ」
「ところできょーこ、とても気になることがあるんだけど‥‥」
なんだよ、というきょーこに、くらうは真剣な面持ちで熟考した。
「オレ、どこかでローソンに寄って飲み物買ったはずなんだよ。それ、大島だったか次の伯方島だったか、はたまたその先だったか、どこだったっけ‥‥」
「あー、〝混沌なる闇の狭間に沈みし永劫の記憶・バーストオブボンジュール〟が発動したん
だな」
「ああ、徐々に名前が意味不明になっていくのには触れないでおくけど」
まあ、そんなことまで逐一記録してませんし。そんな細かいこといちいち覚えてるわけありませんし。覚えてたところでなにか変わるわけじゃありませんしおすし。
そして進行を続けようとしたくらうは、思わぬ場所でしまなみ海道の恐ろしさを目の当たりにすることとなる。
目の前に続く光景を見て、くらうは思わずかすれた声で呟いた。
「‥‥な、なるほど、よく考えたら、それも道理か‥‥」
その先に続くのは、ひたすら坂。橋へと続く自転車道である。
橋は島よりも標高が高く建造されている。そして島へ下りるたび、気ン持ちいい~下り坂を進むことになる。つまり、島を渡り終えるたび、橋の高さに至るまでの上り坂を毎回進まなければならないということである。そして橋の標高というのが、なんとも高い。限られた敷地内で、そこへ至るまでの道を超急勾配にしないためには、距離を伸ばす必要がある。
というわけで、そこにはぐるぐると何回転もする地味にしんどい上り坂が、かなりの距離続いていた。
きこきこと必死に上り坂を進みながら、くらうの体力は尋常ならざる勢いで削られていった。
「あー‥‥マジか。これ、マジか。この坂、あと4回? 5回? そんくらい繰り返さなくちゃいけないのか‥‥」
「仕方ねえ。これはもう、甘いもんを食うしかねえな」
「そーですね」
どうにか坂を上りきると、くらうは再び橋の上へとたどり着く。
「ふー、上りきったらとりあえず一息だな。この後は下り坂だし」
しかし、気を緩めたくらうにさらなる障害が立ちはだかった!
橋上を走っていると、その先になにやらゲートのようなものが見え始めた。なんだろうと速度を緩めてそこをくぐろうとすると、なんとそこは――
「料金所‥‥だと‥‥」
なんと、ここにきて再び料金所出現である。料金は入口よりは安いものの(確か50円か100円)、二度目というのはさすがにショックが大きい。人はいないし箱が設置されているだけの無防備さだが、さっきから機械音声がとっとと金払え的なことを繰り返し催促しているし、カメラっぽいなにかもあるような気がする。
しばらくの逡巡の後、くらうは震える指で硬貨をつまみ、料金箱に投入した。
「‥‥くっ、なんてことだ。まさか何度も払わなきゃならんとは‥‥っ」
「く、畜生っ! このままじゃくらうがもっとケチになっちまうじゃねえか!」
2人で悔しさを享受しつつ、くらうはさらに自転車を進め、ついにしまなみ2番目の島、伯
方島へと突入した。
「あれ、これどっち行けばいいんだろ」
坂を下り切り、島に入ったくらうは一度そこで脚を止める。道路には自転車のために青い線が引かれ進むべき道を示してくれている。しかしその青い線の始点が見つからない。道は左右に続いているため、どちらに進めばいいのかわからない。
「そこに地図あるよ。確認してみなよ」
きょーこに促されて現在地と現在島を示す地図を確認するも、右に行くのか左に行くのかはよくわからなかった。事前に調べた方向としては橋を降りて左のはずなのだが、この地図を見るとどうにも右のように見える。
下調べを信じるべきか、この地図を信じるべきか。いや、普通は現地の地図を信じるべきなんだろうけど、とりあえずこの時のくらうは迷っていた。
「方角は?」
「んー‥‥こっち、なのか?」
きょーこが羅針盤を見て首をひねる。差し出されてくらうも確認してみるが、確かに方角を見ても少しわかりづらい。
「ま、多分、こっちじゃないの? とりあえず行ってみようよ」
「んー、そうだな」
そしてくらうは――左へ進むことを選択した。
左の道はまず、下り坂から始まっていた。
下り坂という経路の放つ魅力は、時に人の判断力を鈍らせる(名言)。
「方角、ちょいちょい確認してな」
「よし、任せとけ」
すいーっと気持ちよく坂を下りながら、くらうは辺りに視線を走らせる。道路に青い線はいまだ現れない。しかししばらく進むと、右手に海が見え始めた。
「おっ、海沿いの道に出た。これでまあ、少なくとも目的地に着けないって可能性は消えたな」
海沿いを走れば最終的には、島の反対側に着く。島の反対側に着けば、次の島へ続く橋がある。つまり――
「ちょっと待てくらう!」
と、大丈夫だと必死に自分に言い聞かせて不安を抑え込んでいたくらうに、きょーこが待ったをかけた。
「方角は、間違っちゃいないと思う。だけど、海が右に見えちゃダメだろ!」
言われて、ようやくくらうははっと気がついた。
正しい道は島の左側海沿いを進む経路である。つまり、海は常に左側に見えていなければならない。
「‥‥しまったああぁぁー!」
己の迂闊さを嘆いたところで、もう遅い。海を右手に眺めながら、すでにかなりの距離を進んでしまっている。しかもこの伯方島、右側海沿いの道は正しい道に比べはるかに長い距離を進まなければならない。
とりあえずスマホを取り出し現在地を確認してみる。最初の位置からはそれなりに進んでしまっているが、このまま進むより一度道を戻った方がよほど懸命に思えた。距離も当然として、この道が本当に橋まで途切れず続いている保証もない。
くらうは大きくため息をついて、くるりと180度方向転換すると、やむなく道を引き返すことに。
先程までは気持ちの良い下り坂だったのだ。となれば当然、引き返す道は気持ちの萎える上り坂である。
「あー、くっそー‥‥必要以上に疲れを感じる‥‥」
ようやく元来た場所まで引き返し、逆方向の正しい道へと軌道修正。見ると、少し離れた場所からちゃんと青い線は引かれていた。
「うわ、ちゃんと目印あったし。普通に見えなかったんだけど」
「はは、きっとバカには見えない線なんだよ」
「きょーこも見えてなかったけどな」
「はは、きっと美少女とロリコンには見えない線なんだよ」
「あー、それなら仕方ないな」
自転車を走らせることしばらく、海側手に道の駅が現れた。
「へえ、こんなとこにも道の駅ってあるんだな」
買い物はともかく寄り道には積極的なくらうである。とりあえず中に入ってみると、広い敷地をぜいたくに使って、というか駐車スペースとかその他がやたら広く、奥にホテルらしき建物と、手前に小さい売店のようなものがあるだけである。
売店は甘味や軽食があるらしく、食券を買って近くの窓から注文をすればいいようだ。そしてそのメニューの中に、非常に気になるものを発見した。
「おいくらう、伯方の塩アイスだってさ!」
「ああ、そっか。伯方島の伯方ってアレか」
「は・か・た・の」「しお!」
アホなノリになると息ぴったりの2人である。
「な、食ってみようよ! いいだろ、せっかくだしこのくらい!」
「んー、そうだな。せっかくだし、食ってみるか」
「やったー! いよっ、太っ腹! 肝っ玉! 豚玉モダン焼き!」
昨日からあんまりいいものを食ってないせいか、異様なほどテンションが高いきょーこであ
る。
伯方の塩アイスは1個250円。疲れている時に塩分は良いっていうし、美味しそうだし、まあ許容範囲の出費だろう。
くらうは食券を買って窓からさし出すと、ほどなくして白いソフトクリームを渡された。形はよくあるコーンの上に巻き巻きしているアレ。ぱっと見は普通のバニラアイスと変わらないように見える。
「よーし、実・食!」
売店横の長椅子に腰かけると、きょーこは嬉々としてそのアイスの一部からぽわん、と自分用のアイスを作りだすと、くらうと2人でいただきまーす、と同時にかぶりついた。
「‥‥‥‥」「‥‥‥‥」
口の中に広がる優しい甘みを感じながら、2人は顔を見合わせる。
「‥‥なんか、フツーのバニラアイスっぽいんだけど」
「‥‥だよね。あたしもそんな気がしてる」
普通に美味しいが、なんというか、期待していたのとなんか違う。どことなく塩味がしないこともないのだが、どうにもコレジャナイ感が強い。
と、そこへ数人のオッサン集団がやってきて、伯方の塩アイスを見て期待の声を上げていた。そして全員がそれを買い、くらうの近くの椅子に腰を下ろした。
何気なく休んでいる風を装いつつ、くらうは「はは、そのアイス普通にバニラ味しかしませんよ。残念でした! 失意の底に沈むがいい!」とか思いながらその集団の反応に耳をそばだてた。
が、
「うわ、すげえホントに塩味!」
「なんか新しいな。美味い!」
オッサンどもには大好評だった。その反応が信じられず、くらうときょーこは思わずオッサンたちを凝視してしまった。しかしオッサンたちはくらうを気に留めることなく、上機嫌で食べ終えるとその場を後にした。
くらうはしばらく放心状態で、生ぬるい潮風にさらされながらその場に座り込んでいた。
「‥‥どういうことだおい」
「‥‥もしかして疲れてると、塩味を感じにくくなるんだろうか」
「いや、もしかすると店のオヤジが間違えて、普通のバニラアイス出したんじゃねえのか?」
「はっ、なるほど。つまり別にオレたちの味覚がおかしいってことじゃないんだな」
「ああ、もう間違いないね。これは、店のオヤジのせいだ」
「そうか、店のオヤジのせいか」
結論・店のオヤジが悪い。
感想・ふつうにおいしいバニラアイスでした。しおアイスたべたかったです。
とにかく甘味で体力回復もできたので、くらうは再び自転車にまたがり移動を開始した。
伯方島はさほど長い距離を走る必要もなく、そこからしばらく進んだところで執着点に辿り着いた。
つまり、再びぐるぐる回る上り坂である。
「さーて、上るかー‥‥」
「おっ、どうしたくらう。早くも表情が死んでるぞ。ほらほら気合い入れろよ。腕を振って脚を上げて?」
「わん、つー、さん、ダーッ!」
半ばヤケクソになりながらも、くらうの旅行は続く。