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4、 9月12日(1日目)・浮浪者かと思った? 残念、変質者でした!

 その後も露天から館内温泉に移り、もうしばらくのんびりしてからくらうはようやく温泉を後にした。何時ごろ入ったかよく確認していないが、1時間くらいは入っていたのではないだろうか。

 脱衣所で石鹸と共に購入していた、50円もする超高級歯ブラシで歯磨きを済ませると、温泉を後に――はせずに館内のソファにもふりと腰かけた。

「なにしてんだよ。寝ないのか?」

「だってまだ8時前じゃん。さすがに早すぎ」

 持ってきていた本を取り出しそれを読もうと思いかけて、くらうは壁際に設置された自販機を見つけてハッとした。

「しまった! 牛乳を飲むのを忘れるところだった!」

 自らの失態に愕然としながらも、くらうは震える指で財布からお金を取り出し、自販機へと向かった。

「おいおい、さっき歯磨きしたばっかじゃねえか」

「バカっ、そんなのまたすればいいだろ! 温泉の後に牛乳飲まないとか、ありえないだろ!」

「そ、そうか、確かにそうだな。悪い、あたしが間違ってたよ」

 きょーこは素直に自らの過ちを認めたのに満足し、くらうは自販機にお金を投入する。

 そして自販機の取り出し口から――コーヒー牛乳が吐き出された。

「邪道! 邪道だろそんなの! 何考えてんだよくらう! 許されるのはフルーツ牛乳までだろ!」

「ちょっと惜しい! フルーツ牛乳が許されるのは、ただし幼女に限る!」

「ショタは?」

「セーフ!」

「どっちにしろくらうはアウトじゃねえか! そんだけ牛乳にこだわっといて、そこで王道外してくんなよ!」

「いやだって、コーヒー牛乳好きなんだもん! おいしいんだもん!」

「気持ち悪りいからヤメロ!」

 きょーこにコーヒー牛乳を差し出すと、その一部からきょーこはお得意の魔法で――紙パックの牛乳を作り出していた。

「なんか、それはそれで邪道だろ」

 くらうの持っているのは当然ビン牛乳である。

「紙パックのが好きなんだよ。飲みやすいから」

 再びソファにもたれると、くらうはコーヒー牛乳を飲み飲み読書を開始した。

「おいおい、腰に手を当ててぐいっと飲むんじゃないのかよ」

「したいけど、1人でやってたら変態だろ。まあ、もっと古びた銭湯とかならアリかもしれんけど」

 とか言いつつ、そんな姿を想像してやっぱり変態っぽいと思った。あれは誰かと一緒にいて、ちょっとしたネタでやるから楽しいのだ。

「おいおい、くらうはもともと変態じゃねえか」

「はっ、そういえばそうだ! いや、だけど自重できる変態だ。自重は大事」

「それに1人じゃないじゃんか。あたしもいるし、モアもいるじゃねえか」

「いねえよ。客観的に見たらオレ1人なの。ついでにリアルだと1人なの。ていうかお前、他人に動いてるとこ見つからないように気をつける的な設定どこ行ったんだよ」

「そんな昔の話は忘れちまったな」

「ああ、記憶力が弱いってことだな。そりゃ仕方ない」

 すこん、ときょーこの拳がくらうの脳天に刺さった。そしてそんなやり取りを、モアは冷めた目でじっと見ていた。もっともモアの目は、いつも冷めているけれど。



 温泉で1時間、ソファの上で1時間。時間はすでに夜9時が迫っていた。

「ん、だいぶいい時間になってきたな。そろそろ寝ようか」

「ずいぶん早寝だな。じじいかよ」

「‥‥さっき自分が寝ないのかとか言ったくせにさ」

 温泉を後にし、くらうは再び伊予西条駅へと向かった。改札辺りはまだ人でにぎわっているようだが、目星をつけておいた場所に向かうとあたりに人影は無かった。

「よかった。ゆっくり寝られそうだな」

「と思っていた矢先!」

「何もねえよ」

 くらうは地面に寝袋を敷き、自転車に鍵をかけ、バッグにも鍵をかけ、就寝の準備を始めた。

「今回は寒さに震える必要もなさそうだな」

「うん、むしろ暑いくらいかも」

 枕に空気を入れて膨らまし、その上に座りこんで荷物整理をしよう、と思っていた矢先!

 パァン! と派手な音を立てて、尻の下で枕がしめやかに爆発四散した。

「インガオホー!」「んほおおぉぉ!」「ぬおっ」

 くらうの上げた謎の叫びにきょーこがなぜか乗っかり、そしてなんとモアまでもがそのノリに参加してきた!

「うおおっ、モアが! モアがノってきた! 天変地異の前触れだ!」

「モアがシャベッタアアァァ!」

 と、ひとしきり騒いでショックを和らげる。

「ああー‥‥ていうかマジか。けっこうショックなんだけど。何敷いて寝よう」

「うおお、素に戻るの早ええな」

 ペラペラになってしまった枕を見て、くらうはため息を漏らす。百均の枕なので耐久力が弱いのは仕方ないが、さすがに今なくなるのはツライ。

 とりあえず荷物を漁って代用品を探し、シャツとタオルをとり出した。

「どうにかできそうなもんなんて、こんくらいしかないよな」

 そしてそれ以外のものをごそごそと片付けて準備も整い、枕代わりのシャツとタオルを頭の下に敷くと、くらうはようやく寝る体勢に入った。

「じゃ、お休み」

「足の疲れちゃんと取れたらいいな」

「ホントそれだよ‥‥」

 微妙に情けない事情に枕を涙で濡らしそうになったが、幸いにも濡れる枕は存在しなかった。

 そうして疲労やら疲労やら大変なことは色々あったが、どうにか無事平穏に1日を終え、くらうは静かに眠りに落ちてゆくのであった。

 と、前作からのコピペで1日を締めくくろうとしたくらうだったが、残念ながらこのフレーズはまともに寝られないフラグと化してしまっているようであった。

 今回くらうの安眠を阻むのは、寒さではない。むしろ夜でも気温はまだ高く、寝袋にすっぽりはいってしまうと暑いくらいである。

 くらうの睡眠を阻止してきたのは、夏になると現れる天敵、黒くて、ちょろちょろと動き回る、ヤツである。

 そう――蚊だった!

 くらうは耳元でぷんぷんうるさい蚊をバタバタと追い払おうとするが、一向に静まる気配はない。

「ああもう、うっとうしいなあ!」

 屋内ならまだしも、屋外では1、2匹潰そうが次から次へと現れるので際限がない。

「てめえら、1匹残らず駆逐してやる!」

 などと粋がってみても到底不可能である。というか寝転がったままそんなセリフを口にしてもバカっぽいだけだ。

 どうにか蚊の音を意識の外に追い出そうとしても、そう簡単に行くものではない。モスキート=サンの羽音は目覚ましに使われるくらいなのだから、無視しようと思ってもできるものでもないだろう。どうでもいいけど一時流行っていた蚊の着信音って、今でも使ってる人どれくらいいるんだろう。

 ともかく、どうにかしなければ眠れないと思い、ちょっと暑いが寝袋のチャックを全部閉め、すっぽり頭まで寝袋の中に入ってみた。

「‥‥‥‥」

 ちょっと入って、すぐに出てきた。

 思った以上に暑い。音はなくとも、これではやはり眠れない。

 しばらく考えて、くらうは濡れタオルで口元から耳までを覆ってみた。最初は鼻にもかけていたが、息苦しいので鼻だけは出しておいた。

 たいして効果があるかわからない少々疑問の対策だったが、これが思った以上に効果的だった。

 もちろん完全に遮断できたわけではないが、耳元の肌が隠れたからか蚊が耳の傍をうろつく頻度がぐっと減った。

 それでも時々聞こえてくる羽音は極力無視するように努め、くらうはようやく眠りへ就くことができたのだった。


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