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その他短編

優しさと笑顔の狭間で

作者: seia

アザとーさま(http://mypage.syosetu.com/199058/)から冒頭4行考えていただきました。

「まったく、お前はあわてんぼうだなぁ」


 そう言って、彼は彼女の額をこつんと指ではじいた。


「今回だけ、特別だからな」


 肩を抱き寄せ、唇の手前でささやく。

 そして、自分の食べかけの肉まんを彼女の前に差し出した。


「ありがとうっ」


 彼は優しい。ちょっと口が悪い時もあるけど、基本優しい。ううん、甘い気がする。甘やかさないで、とお願いしても右から左に綺麗に流してしまうのか毎回デートするたび優しくて涙が出そうになる。私はよく電車に乗るカードをどこかで落としてしまったり、傘をどこかに置いてきてしまったりしてしまう。彼と出会う前はすぐに新しい物を買ってしまっていたけど、彼はいつも探し出して私のもとにちゃんと返してくれる。毎回だから不思議に思うのと同時に自分のいい加減さに嫌気がさす。だから叱りつけてほしかった。にっこり笑われるほど私の心は沈んでいった。

 だから私はわざと仕掛けることにしたの。家の鍵をどこかでなくしてしまったの、と申し訳なさそうに伝えると、彼は一生懸命探してくれた。その日は土砂降りの雨で、ドロドロになりながら。寒さに唇を青紫色に染めながら。そして泣きそうな顔で「見つからなくてごめんね」と言われたとき、心がすごく痛んだ。慌てて私は鞄をひっくり返して鍵を取り出してみせたの。「私のほうこそごめん。試すようなことしてごめんね」と。

 わざとなのに彼は心底嬉しそうに目を細めて笑顔を見せてくれた。怒鳴りつけてもおかしくないのに彼はただただ笑顔を浮かべていて、彼の懐の深さを知ったと同時に少し怖くなった。この人は私がすること全てを笑って包んでしまうんじゃないかって。だから少しずつ忘れ物しないように、とか、失くし物しないようにって気をつけるようにしたの。

 彼に甘えていては、私がダメになりそうで。少しでもしっかりして、私が彼を包め込めるくらいになりたくて。なのに久しぶりに私はやってしまった。買ったばかりの肉まんを食べる前に落っことしてしまった。

しかも運が悪いことに、公園のベンチだったものだから鳩の恰好の餌食にされてしまった。唖然にしていた私を見かねたのか、彼は食べかけの肉まんを私の前に出してくれた。思ったより彼の顔が近く、彼女の心は飛び跳ねそうだったがなんとか抑えて肉まんを頬張った。


「あつっ。熱いね」


「猫舌だったけ? そんなに熱くないと思うんだけどなぁ」


 そう言うと彼も口に含んだ。


「……? 熱いかな?」


「熱いよ? 熱くない?」


 首を傾げ彼を見つめた。腕組みしながら唸っている。おかしいなぁ、確かに熱いはずなのに。彼女は肉まんから湯気があがっているのを見つめながら思った。


「肉まんは熱いんだよね?」


「え?」


 小さな声だったけど不思議なことを彼は呟いた。”肉まんは熱い?”わざわざ確認することかな? 疑問に思いつつも彼と出会ってからのことを少し振り返った。

 彼とのデートのとき、私たちはあまり食事を一緒にとるということが極端に少ないということ。大抵私がメインを頼んで一人で食べるのを彼がにこにこ見つめていることが多いことに。今日だって、半ば強引に私が二つ分肉まんを買ったし。彼はほとんど水ばかりで。今日はせっかくだし聞こう。付き合って二ヶ月くらい経つし、聞いてもいいよね。こくっと息を呑んでから彼女は口を開いた。


「ねぇ、私の前であんまり食事しないよね? ほとんどお水だけで。な、なにかび、病気だったりするの?」


 あぁぁ、なんて聞き方をしてしまってるの、私ったら。失礼すぎるじゃない。病気なの? なんて言われたら絶対ムッとするはず。ムッっと……。彼女の思いとは裏腹に彼は、目を丸くしていた。そしてクスクスと笑い出した。


「ふふっ。病気といえば病気かもしれないなぁ」


「え? なんの?」


「……君に恋したっていう病」


「な、な、なっ」


 真顔で言う彼に、彼女は真っ赤になり咳き込んだ。サラッと言わないでほしい。なんで恥ずかしいセリフを簡単に言えちゃうんだろう。咳き込んだせいで目尻に溜まった涙を拭いながら俯いた。


「一日中君のことを考えてて、こうして会った日は、ずーっと一緒にいれたらって。さよならしたくないって思うんだ」


「そ、それは私もだけど」


 そのあとがうまく伝えられなくてごにょごにょと言葉を濁す彼女を見つめ、彼はそっと肩を抱き寄せた。


「これからもずっとずっと一緒の時間を過ごしたいって思ってるんだよ」


 恥ずかしすぎるのか、俯きながらただただその言葉に頷く。


「本当にそう思ってくれてる?」


 言葉がないまま、また頷いた。そのさまを見て、彼はにっこりと微笑んだ。


「二ヶ月くらいしか経ってないけど、そう思ってくれてありがとう。暫く一人でいる時間が長すぎてね、パートナーが欲しくなったんだよ」


「え?」


「僕が落としたモノを見つけられる人って少ないんだけど、君は拾ってくれたよね」


 そう言いながら、いつも首から下げている先が尖った三角柱の紅い水晶を取り出した。

 そう、それは私が彼と出会ったきっかけの物。雑踏の中光が輝いているのに周りの人が気づかなかったもの。


「君が拾ってくれたことって運命だと思ったよ。かれこれ百年近く、見える人がいなかったから」


「……?」


 言葉の最後の意味がよくわかないといように首を少し傾け、彼女は彼をみつめた。


「君はよく物を失くしたり、落としたりしてたけど、いつも僕が見つけられただろう?」


「うん」


 話題が変わって安堵したのかホッと肩の力を抜いて頷いた。


「それって、まぐれだと思ってた?」


「え?」


「毎回毎回、まぐれなんてないんだよ。君の匂いを辿ればわかることなんだ。でも雨の日は匂いを追えないから困ったけど」


「匂い?」


「この紅い水晶が見えて触れることができる人の匂いだけは、どんなに遠くにいてもわかるんだよ」


 明るく話す彼の表情を見つめながら、不思議に思ってきたことが一つずつクリアにされればされるほど彼女は不安にかられた。足元から冷え込むようでそっと自分の体を抱きしめた。


「寒くなってきた? でももう大丈夫。寒さも感じないから」


「え……あっ」


 抱きすくめたかと思うと彼女の唇は彼の唇に塞がれていた。初めてのキスで彼女は彼が持っている異質に気づかずにいた。

 舌先も触れる唇も、指先も、冬も半ばでただ冷えて冷たいのだろうと思っていたから。

でも――――。


「っ、いたっ」


 首筋に無数の針で刺されたような痛みが全身に走ったとき、自分の視界から色が消えていくのがわかり彼女は焦った。彼から逃れたくて体を懸命に押すも石のように重いことも怖くなった。


「は、離して……」


 色が変化していくというのに、体中に巡る血液という血液が沸騰してるんじゃないか、と思うほど脈打ち始めた。


「どうかな? 僕の血族として生まれ変わった感想は?」


「け……つぞく?」


 ゆっくりと首筋から離れていく彼を見つめながら呟いた。


「そう。悲しくて孤独な僕ら吸血鬼の一族に連なったんだよ」


 なにを言ってるんだろう。私はただ彼を好きになって、結婚しておじいちゃんおばあちゃんになっても、こうしてベンチで和やかに会話できたらいいなって思っただけなのに。吸血鬼ってなに? 本の世界じゃない? もしかして彼は頭がイッちゃってる人だったの!?


「僕のことを想ってくれる強い想いがあればあるほど、絆は強固なんだよ。血が欲しくてたまらなくないかい?」


「血?」


「そう。若くて甘い血」


 どくっと心臓が跳ねるのがわかった。彼に言われたことによって、彼女は非常に喉が渇く衝動に駆られたのだ。


「僕と一緒なら、その渇きを永遠に満たすことができるよ。この手を取るのは君の自由だけれど」


 目の前に差し出された手が水々しく見え、彼女はごくっと喉を鳴らした。体内を駆け巡る血管が血液を運ぶさまが透けて見えて。たった一滴でもいいから口にしたい、と思わず舌なめずりをする。


「さぁ、一緒に永遠の時を過ごそう」


 甘い言葉。永遠ってどのくらいの時をさすのかわからないけれど、今はこの手にすがりつきたい。彼と一緒にいることで、もっと彼を知って私に起きた不思議な感覚を教えてほしい。


 彼女はさまざまな想いとともにゆっくりと彼の手を重ねた。すると力強く彼に胸に引き寄せられ、二人は空高く舞った。確かに感じるのはお互いの呼吸音と鼓動の音。

 そして澄んだ空に映える星々の瞬き。


 それはあったものを切り捨て、なかったものを手にした瞬間だった――――。




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